【完】李寵妃恋譚―この世界、君と共に―
「栄仲興は、武術はからきしだと……」
「ああ。だから、"何故か”だ。多方、先帝がつけ上がるような言葉を囁き、収まったのだろうが……」
本当に、それだけだろうか?
それ以外に、何かあるんじゃないのだろうか。
「とりあえず、これで、栄家の当主は静苑となる。また、風当たりが強くなるだろうが……あいつなら、大丈夫だろうよ」
「……」
栄家当主・栄仲興が冷たくなって見つかったのは、後宮を囲う外壁の外側にある水の中であった。
外壁はおおよそ、黎祥が四人分くらいの高さがあるが……職人が残した制作後などの出っ張りを利用すれば、女性でも登れる人間は登れる。
男性もまた、言わずもがなだ。
ただ……遺体が見つかったのは、夕暮れ頃だった。
後宮警吏の調べによると、朝から、何度もその外壁の外側にある外堀を見た女官は大勢いたらしい。
にも関わらず、発見が遅くなったのはどういうことか、という問題点が今、朝廷内で言い争われている。
亡くなってしまったのは、栄家当主だから……その分、騒ぎも大きいのだ。
そんな、栄仲興の指先は赤く血に染っていた。
いや、それだけではない。
幻芳珠を使われたような、爛れがあり……背中には短刀が突き刺さっていて、その短刀は幾度も、後宮で発見されている血塗れの短刀と同じ紋章が入っていたらしい。
ただ、その紋章の持ち主である家は、とうの昔になくなっている家で、どうしてそんな短刀が存在しているのか……。
「…お……っ、……翠蓮!」
肩を揺さぶられ、正気に返る。
視界に映った黎祥に、
「っ、あ、も、申し訳ありません」
反射的に謝罪を述べると、
「……何か、思いついたのか?」
と、翠蓮を気遣う瞳を向けられた。