【完】李寵妃恋譚―この世界、君と共に―
「愛しているから、巻き込みたくないの―……愛する人を失うのは、もう、十分よ」
十分。
十分だから、もう―……。
「兄も、同じ気持ちです」
「……え?」
「父を失い、母を失い、弟妹を失い、友を失い、そして、今度は初めて愛した人を失うのですか?……私には、そんな非道なことはできません」
翠蓮は、雪麗の前にしゃがみこむ。
「人の命は、尊いものです。簡単に思うようにはならなくて、生きるのも辛い日はあります。多くの不安、真っ暗な日々、それでも、生きていかなければならない恐怖―……ねぇ、雪麗様、人が死ぬのは、何回か知っていますか?」
「……一回でしょう?人の命に、回数などないわ」
「ですね。でも、実は二回なのですよ」
「……」
「人はね、生きている人達に忘れられた瞬間、本当に死んだことになるんです。だから、私は忘れません。私の目の前で死んでいった人達の名前も、人生も、顔も。全部、全部、忘れないんです。私も幼かったから、朱家のことはよく覚えていません。それでも、貴女の中で優しかった朱家の皆さんは生きているんでしょう。なら、貴女は死んではいけません。……殺さないであげてください。この子の家族を」
見上げると、翠蓮が前に出した侍女は涙を流していた。