【完】李寵妃恋譚―この世界、君と共に―



「まだ、成長期じゃない」


これから、もっといろんなところが成長する。


そしたら、杏果は美人になると思う。


だって、今も普通に美人だと思うから。


「……あの男と同じことを言うのね」


「男?」


意外な単語に首を傾げると、


「……下町で、会ったの。変な男でね、何故か、私についてくるのよ。初対面で喧嘩してから……本当、何なのかしら?姉様の時もついてきて、姉様に根掘り葉掘り……」


「いい人?」


「……お金の羽振りは」


「そうじゃなくて」


杏果は傍の椅子に腰を下ろす。


「人柄とかよ」


「……分からないわ。だって、まだ、二回目よ?多分、身分は高いわ。持っている物が、高価なものだったから」


「……」


そう言われた時、思い出すのは黎祥との出会い。


あの時、分かっていたはずなのに……本当、どうして、こんなことになってしまったんだろう。


杏果の一歩を応援したいのに、自分と同じ苦しみを与えるかもしれないとか、余計な心配を考えてしまったら、背中を押せない。


杏果は気づいていないんだろうけど、相手はきっと、杏果のことを気に入っているんだろうと思う。


そして、好きなものしか口にしようとしない杏果が口に出した時点で、杏果の気持ちも伝わってくるってわけで。


(でも、高貴な身分の人は……)


ぎゅっと、手を握りしめた。


何も言えないんだ。


翠蓮は愚かしいほどに、危険な恋に身を沈めすぎたから。


あんなにものめり込まなければ、こんなにも忘れらないことなんてなかっただろうし、記憶を思い出すことも無かった。


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