【完】李寵妃恋譚―この世界、君と共に―
「でもっ、貴女を薬師として入れてから……」
「それで……それで、寵愛を得たとして!」
翠蓮は声を張り上げた。
「……得たとして、何になるというんです……」
涙が溢れた。
頬を流れるその雫を拭う手は、どこにもない。
「得たとして、私は色んなものを捨てなくちゃならない。家族も、下町も、この診察所も。得たとしても、それが永遠に続くとは限らない。そんな不安定な生活、私は望まない!」
「……」
「……お気遣いは、感謝します。でも、私には耐えられそうにありません。黎祥の人生に、巻き込まれるのは構いません。でも、黎祥のいない後宮での生活には、きっと、耐えられないんです……だから、ごめんなさい」
「……」
二人とも、無言で翠蓮を見守っていた。
「薬師の話は、謹んでお受け致します。でも、お願いですから、この件は御内密で。見初められて、寵愛を受けるなんて……そんなことになった日に、私は後宮を去らせて頂きます」
「……そんなに、皇帝の愛は嫌ですか」
嵐雪さんは黎祥を大切に思っているのだろう。
思った上で、避けられない別れに心を砕いている。
(ごめんなさい)
心の中で、翠蓮は謝った。
翠蓮には、捨てられないのだ。
自分の人生を……誰かを救い続けるという夢を。
後宮で、黎祥に愛されて生きられるのなら、それでいい。
でも、黎祥に飽きられた後は?
考えるだけで、身が震えてしまう。
いや、だと、答えられない翠蓮を見て、嵐雪さんは深く、頭を下げてきた。