【完】李寵妃恋譚―この世界、君と共に―
「……翠蓮」
黎祥の手に、力がこもる。
―嗚呼、あなたの手を、離さずにいられたのなら。
「……お前だけだった。私に、自由になっていいと、言ったのは。ただ、お前は怒ってたな」
「……」
「私を"見て”くれたのは、心の底から私だけを思って、"生きろ”と言ってくれたのは……翠蓮、君だけだった……」
翠蓮は黎祥と出会った日のことを思い出していた。
自由になりたいと願う彼に、翠蓮は『やるべき事をやって、自由になれ』と、彼を無理やり生かした。
―幸せだった。
とても、幸せだった。
"幸せ”という言葉を、久々に思い出せた日々だった。
「―黎祥、どうか良い国を作って。良い王様になって。貴方が守るこの国の民を、私はここで救い続けるから」
黎祥の瞳から溢れた涙を拭い、翠蓮は笑った。
ここで、なんて、大嘘だ。
翠蓮は、後宮へ行くと心に決めたから。
「さようなら。黎祥―……っ!」
頭を引き寄せられる。
それは、一瞬の出来事。
触れ合った温もりは、すぐに冷たさを取り戻して……。
「―嵐雪、一日だけ待て」
"皇帝陛下”が、そう、嵐雪さんに命じた。
嵐雪さんは深く、頭を下げて。
今日が、最後の夜なんだと理解した。
「……」
きっと、二人の心は同じだった。
「翠蓮、ごめんっ、私……」
駆け寄って、謝ってくる結凛を抱きしめて。
「大丈夫。―大好きよ、結凛」
翠蓮はお礼を言った。
「翠蓮」
心配してくる祥基を見上げて、
「大丈夫」
もう、覚悟は決まってた。
大丈夫。
―大丈夫。
これも、人生の山のひとつだから。