【完】李寵妃恋譚―この世界、君と共に―
傍には侍女も、誰一人としていない。
それどころか、人の気配すらしない。
そのことに違和感すら感じない女は、既に普通を見失ってしまっていて、小さな鳥籠の中で泣いていた。
いつだって……そう。
あの日、初めて好きになった人を、妹に奪われた時も。
思い出すだけで、嫌だ。
手に力を込めて、もう、こんな世界からおさらばしたいと願った時。
大きな音を立てて、扉が開く。
「―おやめ下さいませ!」
複数人の侍女、後宮警吏もいた。
咳き込みながら、呼吸を荒くしながら、生きようとする娘。
純粋で、苦しいことなんて、何も知らないくせに。
「大丈夫、大丈夫ですから、ゆっくり呼吸して―……」
娘に寄り添った、女。
背中を撫でる、薬師と騒がれ、そして、皇后とのし上がった女。
皇子を産んで、皇帝の愛を一途に受け続ける女。
真っ直ぐな、意思の強い目。
「……何をやったのか、分かっているのですか」
冷静に、彼女は問いた。
分かっているのか、なんて……思わず、莉娃は笑ってしまった。
「……死にたくて、したことですわ。皇后陛下」
ゆっくりと、そばの椅子に腰をかける。
「どうして!」
「……」
「どうして、娘を手にかけられ―……っ」
女は喉を詰まらせた。
肩を震わせて、泣いているようだ。
……もう、どうでもよかった。
多くの人を手にかけた。
死に追い込んだ。
やっぱり、誰かを信じることは不幸しかもたらさなかった。
柘榴石の嵌め込まれた腕飾りを揺らし、莉娃は彼女に微笑みかけた。
「捕まえる前に、少し、私の話を聞いてくださる?」
後宮で覚えた、言葉遣い。
幸せになりたいと足掻いて、一体、何が悪かったのか。
いつだって、信じてきた莉娃の心を裏切ったのは彼らだ。
―"あの人”だって、そうだった。
「……聞きましょう」
ただし、簡潔に。
付け加えられた条件に、
「充分です」
莉娃は笑みを深めた。
そして、語り出す。
昔の、話。
柘榴石だけが知っている、私の―……。