【完】李寵妃恋譚―この世界、君と共に―
『―大丈夫?』
両親が死んだという事実は、驚く程に莉娃を苦しめた。
行き場のない憎しみが、莉娃の心を支配した。
そんな中、地面に叩きつけられた、月の蝶とまで呼ばれていた妓女の愚かな私に手を差し伸べた男がいた。
その男は不思議な雰囲気を持っていて、周囲の女を漁りに来たいつもの男達とは違って、簡単な技芸でも褒めてくれるような、身の上にも寄り添って親身に話を聞いてくれるような人。
聞けば、兄とは知り合いだと言う。
兄の勧めで、気を抜きに来た友人に連れてこられたのだと。
既に忘れ去っていた、もう妹と結婚したであろう初恋の皇子を霞ませるほど、莉娃はその人に心を奪われた。
―とある、十六夜のことだった。
それからというもの、彼は十六夜の日に尋ねてくるようになった。
特別な客を莉娃に付けなかった女将も、許してくれた。
理由は簡単だ。
彼の莉娃に積む金の額が、他の客よりも多かったから。
次第に、莉娃は彼専用の妓女となっていった。
苦しいだけなのを知っているから、恋をするつもりはなかったが、穏やかな彼の人柄は好きだった。
博識で、遊戯(ユウギ)にも強かった。
いくらそばにいても、彼に飽きることは無かった。
そして、彼もまた、莉娃に触れることは無かった。
用事がない時は、月に一回。
変わらず、十六夜の日に訪れる。
その他の日は彼のおかげで客も取ることなく、過ごせる穏やかな日々。
そして、彼は頑なに名前を教えなかった莉娃を見て、"十六夜の君”と呼んでくれるようになった。
特別な響きが好きだった。
その時、私はすでに彼を愛していたんだろう。