【完】李寵妃恋譚―この世界、君と共に―



―けれど私は、その恋を心から恨むことになる。


曲がり、歪みまくった莉娃の心も、溜まった恨みや憎しみも彼のそばにいれば、全てが浄化される気がした。


幸せだった。


本当に、本当に幸せだった。


幸せの意味を、初めて知れた。


そう話すと、彼は嬉しそうに笑ってくれた。


ある日、同時期に入ってきた妓女に聞かれた。


『彼は、結婚していないの?』と。


それは、莉娃自身も疑っていたところだった。


彼みたいな、恐らく、貴族の人間にそんなことが有り得るだろうかと。


でも、彼は笑って。


『結婚していたら、こんな所には来ない』


と、そう言った。


彼と私は、二歳差だった。


そして、彼もまた、莉娃に名前を教えなかった。


だから、莉娃は彼を"愛逢月(イヅキ)”と呼んだ。


彼と過ごしていると、時間はあっという間で。


『結婚はしていないし、するつもりもない。……十六夜がいるからね』


―でも、天も見てくれているのかな。


莉娃が三十になる、少し前。


彼は、莉娃を身請けしたいと言い出した。


"そういう意味”で触れてくることのなかった男が、だ。


いきなりのことで驚いて、でも、嬉しくて。


溢れる涙すら、彼は優しく拭ってくれた。


そして、愛してくれた。


どの男に抱かれた夜よりも、幸せな日。


彼は数日泊まった後、


『次、来た時に一緒に帰ろう』


約束だと、腕飾りをくれた。


彼の本当の名前も、何もかも、次に会った時に教えると言われた。


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