【完】李寵妃恋譚―この世界、君と共に―
―そして、龍炯二十三年。
宵も明けきれぬ頃、産声を上げた子供は女の子だった。
豊かな黒髪に、愛らしい寝顔。
元気な声は莉娃を安堵させ、また、ちゃんと、瞳の色は黒く生まれてきてくれた赤子を見て、莉娃は涙を流した。
これで、尹の老両親に余計な迷惑をかけなくて済むと、ほっとしたのだ。
『可愛い子だ。よく頑張ったね、莉娃』
老夫婦……いや、両親は心から喜んでくれた。
名前はどうしようかと問われた時、頭の中に浮かんだのは、愛逢月と見た、月明かりの下で咲く睡蓮の花。
睡蓮の花言葉は―……信頼、清純、愛情、愛くるしさ、無垢……花街で、小姐達が教えてくれたものだった。
『―翠蓮』
面影に、思い出に縋るつもりはなかった。
でも、気づいた時には呟いていたんだ。
その子供の名前を。
老夫婦は良い名前だと喜んで、その赤子を抱いて、何度も『翠蓮』と呼んだ。
(この子は、私が幸せにするの)
産まれたばかりの我が子を抱いた時に、そう、心から決意したのに。