その悪魔、制御不能につき
疑問である。もはや疑問しかない。なぜ私がこんなことをしているのか甚だ理解しがたい。誰か変わってくれるのなら切実に変わってほしい。
というのも社長の顔合わせが無事終了し、女性の特攻も減って少ししてから呼び出されて「斉木さんはこれから私の下について下さいね」と副社長からお言葉をもらったのだ。なぜ私。はっきり言って私は秘書課の中では新人に近いし他に優秀な人がいるのだからその人に任せてほしい。
しかしながら副社長の美麗で穏やかな表情の下に隠されたそこはかとなく黒い部分を目の当たりにした直後だったもので断るのも躊躇われ、他の人の助けもなかった。むしろどうぞどうぞと差し出された気がする。私は生け贄か。
仕事はそつなくこなす方で用量もいいとは自分でも思っているが、だからと言って副社長を支えるだけの力量があるかと問われれば首を横に振る程度の実力だ。やっぱり断ろうと一度は思ったが笑顔でスルーされて諦めた。
まぁ自分の出来る範囲ででやってみて無理そうだったら副社長も他の人に変えるだろうとある意味で開き直り、現在も私は副社長の下で仕事をしている。そのときに役職ではなく名前で呼んでほしいと言われたけど目下気をつけ中である。
「そういえば今日の午後は空けていますか?」
「えぇ、大丈夫です」
「それはよかった」
ゆっくりと美麗な笑みを浮かべた都築さんに頭の中で警鐘が鳴った。短い付き合いだけどこういう笑顔を浮かべるときってだいたいが何かしらのトラブルに見舞われるというか…最近だと例の女性特攻の件ね。あのときに浮かべていた笑顔とそっくりだわ。
もはや副社長の美麗な笑みは秘書課の中では危険指定物である。前のデスクにいた人がギョッとしているのが視界の隅に映った。そんな全力で驚かなくても…
「ではお昼休憩に入る前に社長室に来てください」
よろしくお願いしますね、と微笑みを残して去っていった都築さんの背中をガン見したけどこれは仕方ないと思うわ。え、社長室?なぜ?私何かした?
何か大きな失敗しただろうかと最近の記憶を手繰ってみてもそんなこと言われた覚えもないし、負の感情を向けられた覚えもない。つまり怒られるわけではないと思うのだけど…なら何かと言われてもわからない。
新しい仕事の話?でもそれなら私は都築さんの下についているのだから社長は関係ないわよね?間接的には私も社長の下についてるけどそれはそれなわけだし。
考えてもわからないことをいつまでも引きずって仕事を疎かにするのは愚か者のすることである。とりあえずは任された仕事を午後までに終わらせないと。
あぁ、でも一言だけ言いたい。
「胃が痛いわ…」
遠い目をしながら思わず溢れてしまった本音に隣のデスクに座っていた人が優しく胃薬を差し出してくれた。どうも。