その悪魔、制御不能につき
一瞬の硬直のあと白い指が顔を上げさせるように私の顔の輪郭をなぞる。驚くほどひんやりとした手が私の頰を包んだ。
これは…私はどうするのが正解なのだろうか。戸惑いつつも逆らう理由があるわけでもなくゆっくりと社長の手に従って顔を上げる。
なんの感情も映していないような闇色の瞳に自分の顔が映っている。いや、よくよく見れば違う。私は人の機微には聡い方だし空気も読める方だと思う。
社長の瞳は何も映していないようで何かを映している。多分、今あるそれは私に関する「何か」だ。これはなんて表現すればいいのだろうか…曖昧過ぎてわからないのにそこには明確なものがあるように見えて少し居心地が悪い。
「名前は?」
「は?」
思わず間抜けな声が漏れてしまったが相手は社長である。私よ、驚いたとはいえこれはないだろう。咳払いで誤魔化しておこう。
「失礼しました。斉木です」
「違う」
何がだよ、という声はなんとか飲み込んだ。というか違うって自分の名前間違うわけないでしょうが、なんで社長が違うって断定するのよ。
営業用の笑顔が顔面から剥がれそうになる。すでに半分死んでることは自覚済みだけど仕事にはそれなりにプライドがあるのでこの半分、絶対死守するわ。
「すみません、斉木さん。社長は少し言葉が足りないところがあるのですよ」
穏やかな声が苦笑気味に耳に届いた。そういえばこの人いたわねと顔を動かしたいけど今も社長に固定されているのでできない。嫌がらせなの?ねぇこれ嫌がらせなの?
「貴方も、それじゃあわかりませんよ。私相手ではないんですから。それに相手にだけ聞くというのも社会人として立派なものだとは思えませんがねぇ?」