その悪魔、制御不能につき
クスクスという密かな笑いが部屋を震わすと心なしか空気が緩んだ気がした。
改めて社長を見直せばどこか納得したような顔で一瞬副社長(と思われる方)に目をやり頷く。どこに納得する要素があったのかはわからないので放置。私には関係ないでしょ。
「社長として就任した、郡山 鷹斗(こおりやま たかと)だ」
先程のように名前を言おうと口を開いてから一度閉じる。これいるのか?と思いつつさっき違うと言われたことも思い出して躊躇う。
そもそも私と社長は仕事の関係者であり別に個人を識別できるのなんて名字だけで十分だと思うのだけど。しかしさっきの感じだと名前までちゃんと言えって感じなのよね…
自分の名前が嫌なわけではないけど人になんやかんや言われたことが多かったので社会人になってからは名字で呼ぶようにお願いしてきた。でも社長命令(?)だし…
深く考えたのは数秒で、最終的には諦めた。だって上司の言いつけだもの。それにどうせいつか知られることだし。
「改めて、秘書課に勤める斉木 輝夜(さいき かぐや)です。これからよろしくお願いします」
これであっているかと思い社長の目をしっかりと見つめる。
「あぁ……よろしく、」
ゆっくりと浮かんだ社長の笑みはこんなときに相応しくないぐらいに艶冶で筆舌尽くし難いものだった。感想としては多分、私じゃない女性だったら今すぐ社長に「抱いて!!」と縋っていただろう。
社長の色気に当てられて目眩を感じながらも笑顔は崩さずに部屋を退出した自分をこの時ばかりは褒め称えた。
「魔性だったわ…」
思わず呟いた声は社長室には届かなかったと思いたい。