孤独な神官はど田舎娘に愛を乞う
泰瞬が去った後、大神官は部屋の一角にある祈りを捧げる祭壇へと向かった。

それは、膝をつく場所に薄い布を敷き、聖水を供えるための簡素な台があるだけの質素なつくりだ。

聖水を入れた器を台において、その前に膝をつく。もう何万回も唱えた祝詞が自然と口から紡がれる。

だが、目をつぶると思い出されるのは、涙の跡が残る幼い寝顔だった。頭から追い出そうとしてもうまく行かない。

それが伴うのは、劣情などではなく、罪悪感だった。


(泣かせてしまった。)


泰瞬の話では、鈴英はまだ16になったばかりだという。確かに結婚していてもおかしくはない歳ではあるが、今までの人生から想像できないことがおこり、心細い思いをしているのは容易に想像ができた。


(もっと何かいうべきだっただろうか・・・)


全てが終わった後に、考えても仕方ないことだが、しかしもっと何かしてやれたことがあったのではないかと思う。

確かに、自分は大神官で、必要以上に人とかかわることを避けてきたが、それでも鈴英は自分の子を産む人物なのである。

それ相応の気遣いは許されるし、むしろ積極的にするべきだったのではないかと思う。


大神官は、祝詞を唱えるのを止めるとため息をついた。


「止めだ。」


こんな雑念ばかりの状態で唱える祝詞には何の意味もない。かといってこの雑念を追い出すのは難しそうだ。

気持ちを落ち着かせようと思ったのに、結果、逆にざわつかせてしまった。


仕方なく、寝る支度を整える。部屋の隅に煎餅蒲団をしき、そこにもぐりこんだ。目を閉じても、涙の跡が頭から離れない。



祭壇に、煎餅蒲団と本が少し。簡素で娯楽など数冊の本しかない。祈りを捧げ、泰瞬が運んできた質素な飯を食べ、また祈る。体を清め、たまの息抜きに本を読む。この簡素な部屋で全てが完結するのが今までの大神官の日常だった。

それに今日、正式に鈴英と言う異分子が加わった。

ざわつく気持ちをどう扱えば良いのか、大神官にはわからない。


結局、大神官は、空が明るくなり始めるまで眠りにつくことはできなかった。
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