竜の姫君
 声が聞こえた。
 エルの父親の美青年の声。
「安心するがよい。そなたはそれほど待つことにはなるまい」
 え? それってどういう意味よ?
 問いただそうと、目を開いたそこには誰もいなかった。
 しんと静かないつもの森の風景が広がっているだけ。
「帰っちゃったか」
 独り言の声が森の静寂を破る。
 それがなんだか余計にもの寂しい。
 隙間風が胸の中を吹きぬけている感じ。
 あたしは何となしに胸元に目を落とした。
 そこにあったぬくもりはもうない。
 麗しい親子だったよな、人間じゃなかったけど。
 あんな子が自分の子供だったら、ちょっといいよね。
 その前に相手探さないといけないか。
 ハンリョとかナヅケとかいろいろ気になる台詞を残していって下さったし、特に最後の「待つことにはならない」という台詞は気になると言えば気になるけど、百年かかるって言うならもう会うことはないだろう。
 安心していいはずだけど、なんとなくまだ不吉な予感とでも言うべきものが残っているってのはどうなんだろ。やっぱり、もうちょっときちんと説明してもらった方がよかったのかも。けっきょく、何が何だかよくわからなかったしね。
 たぶん、よくわからなかったことが消化不良で心の中に残っていて、引っかかっているんだ。きっとそうに違いない。
 あたしは自分をそう無理に納得させた。
「さて、あたしも帰ろう」
 そろそろ日も傾きかけてさすがに森の中も冷えてきている。
 今日は大変な一日でなんだかくたびれちゃった。
 はやく帰ろう。

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