白馬の悪魔さま 【完】番外編追加
「芙美、」
その声が耳の奥まで響いていく。
振り向けないでいる私の顎先を、椿社長は優しく掴む。
甘く強引な誘いに抗うことなど出来なくて、私は諦めて男の方を振り返った。
至近距離で重なる視線に、泣きたくなる。
「あの……お仕事、お疲れ様です」
「芙美に会ったら、疲れも忘れる」
「大袈裟です」
また調子の良い言葉で振り回されていると思いながらも、喜びそうになる頬を隠したくて下を向いた私の耳元で、椿社長は「事実だ」と囁く。本当に嫌な男。
きっとこんな言葉はもう何百回と口にしたのだろう。
「芙美、顔上げて」
「嫌です」
「でも、キスがしたい」
そうやって私を揶揄って、この人は楽しいのだろうか。
他に大切な人がいることを、隠そうともしないくせに。
「いい?」
そう聞いた男の手が顎先に触れて、私の顔を上げさせる。
何も聞かないで欲しい。私の意思など無視をして、強引にして欲しい。あなたがそうしたかったからしたのだと、強く思い込ませて欲しい。だってこんなの……。
「……勝手にしてください」