消える僕の前に、君が現れたら。
「田中花子(たなか はなこ)」

「…本名?」

「失礼な。本名です」

恐る恐る聞いたが、驚いたのは僕の方だった。

でも、彼女の方が僕の名前より笑われてきたんだろうな。

「ほら、笑うような名前でしょ」

お互いが名前を言うのが怖くて。

笑われたり、驚かれたり。

からかわれたりするのが怖かった。

同じ事を気にしてたんだと思うと、何だか面白くて。

嬉しかった。

つい頬が緩む。

「…あーほら、笑った。やっぱり」

「ち、違う。そうじゃない、です」

「じゃあ何ですか」

「初対面なのにここまで同じ人初めてで。異性で。凄いなっておかしくなっちゃって」

田中さん、が、なるほど!という顔をする。

たった数回喋っただけだがすぐに伝わった。

彼女はとても、感情豊かな人間だ。

人間らしくて、少し羨ましかった。

「確かに。でも、異性でも同じ事があるって共感して貰えると嬉しいですよね」

うんうん、と頷いてたタイミング。

そこで丁度授業が終わった。

「あ、僕ちょっと、レポートを出さなきゃいけないんで。じゃあ」

と、続々と教室を出ていく学生の人がいる中、1人残ってノートと戦っている彼女に一声かけた。

「あ、うん。じゃあまた」

ひょっとかして、喋ってて追いつけなかったんだろうか。

「あの、授業追いつけてなかったらごめんなさい」

「大丈夫。これはいつもやってる復習だから」

…何か、彼女に伝えたくて。

気づいたら言葉を発していた。

「今日。田中さん、と喋れて良かったです、楽しかった」

彼女は顔をあげて、少し下にいる僕に向かって笑った。

「私も!楽しかった。またどこかの授業で会えるといいですね」

「こちらこそ」

軽く会釈して彼女と別れた。

会えるといいですね、なんて。

女の人に初めて言われた気がする。

なんだか色々と。

いっぱいいっぱいになっていた。

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