今夜、夫婦になります~俺様ドクターと極上な政略結婚~
思わぬ名前が彼女の口から飛び出してきて、沙帆はあからさまに目を見開いてしまった。
その反応を見て、彼女は沙帆との距離をじりっと詰めてくる。
「あの、私は、その……」
きっと怜士の患者だろうと察した沙帆は、怜士との〝表向きな関係〟を今ここで言っていいものなのかと悩んで口ごもる。
考えてみれば、そういった大事な話をしていなかった。
黙る沙帆を見る彼女の目が鋭く尖る。と同時、結ばれていた唇が大きく開いた。
「怜士先生は私のものよ。誑かさないで!」
突然のことに、沙帆はぽかんと空いた口が塞がらなかった。
(いやいやいや、ちょっと待って。どういうこと?)
完全に敵視した目が、沙帆に鋭く突き刺さる。
「お嬢様、咲良(さくら)お嬢様!」
そんな時、向こうから初老の女性が慌てた様子でこちらに向かって駆けてくるのが沙帆の目に入った。
どうやら、この目の前にいる彼女を探していたらしく、飛んでくるとそっと彼女の腕に手を添える。
「お身体に障ります。さ、戻りましょう」
そう声を掛けられても、咲良はじっと沙帆を凝視していた。
腕を引き、初老の女性は無言で沙帆に頭を下げていった。