今夜、夫婦になります~俺様ドクターと極上な政略結婚~
「俺はもう行くけど、母さんが時間大丈夫ならお茶でもしていきなさいって言ってたよ」
「うん、わかった。お兄ちゃん、もう帰るんだ?」
「ああ、ちょっと約束があってな。また連絡するから、ゆっくり会おう」
爽やかな微笑を浮かべて、樹は大きな手で沙帆の頭上を優しく撫でる。
「くれぐれも、頑張りすぎるなよ」
そう言うと、開けたドアの向こうへと姿を消していった。
再び一人になった自分の部屋で、沙帆からは小さなため息が漏れ出た。
お互いの利益のために結んだ極秘の婚約。
確かに、怜士と婚約をしてからというもの、当たり前だけれど沙帆の両親は以前のようにうるさくなくなった。
見合いをしろと迫られることがなくなったのは、はじめに怜士が提示してきた利点通りのことだ。
怜士の方もきっと、同じなのだろう。
この話を承諾した当初は、ただ自分の為に少しの我慢だ程度の気持ちでいた。
だけれど、ここのところ沙帆は怜士のことをよく考えている。
あまり会わないけれど、作っておいた手料理を食べてくれることが密かに嬉しいこと。
仕事中に無意識のうちに姿を探していること。
今日なんて、咲良に言われたことがずっとぐるぐるしている。
もし怜士が本当の婚約者だったなら、心配事や悩みが多すぎて、きっと心が疲弊してしまうだろう。