今夜、夫婦になります~俺様ドクターと極上な政略結婚~
「聞く話なんてない。私はこの目で見たんだよ? 何をどう誤解だというの?」
「だから、あれはうちの病院で働く子で、ちょっと相談があるとか言われて――」
「付き合ってた私との約束を断って会うほどの仲ってことでしょ?」
「沙帆!」
謙太郎の焦った手が沙帆の腕を掴む。
咄嗟に振り払おうとしたものの、がっちり取られた腕は解放されない。
「沙帆、もう一度やり直そう。もう誤解されることはしないから――」
「私、婚約したの」
謙太郎の声を遮り、沙帆は目を見てはっきりと告げる。
寝耳に水の話に謙太郎は呆然とする。
「え……」と声にならない声を漏らし、沙帆の腕からするりと掴んでいた手が離れた。
「だから、もうやり直せないし、会えない。私のことは、忘れてください、連絡もしないでください」
別れ話をした時、こうして会わずに電話で話した自分も悪かったのだと沙帆は思う。
会いたくなくても、面と向かって言うべきだったのだ。
「お元気で」
最後に軽く頭を下げて、沙帆は一人歩き出す。
腕まで掴んだ謙太郎が、そのあと沙帆を追いかけてくることはなかった。