今夜、夫婦になります~俺様ドクターと極上な政略結婚~
沙帆が幼い頃、父親は救命救急医、母親が産婦人科医と、両親は大学病院の勤務医をしていた。
そんな両親を持つ沙帆は、幼い頃から二人と過ごす時間は限られていた。
五歳年上の兄と二人兄弟だった沙帆には、両親とどこかに行った記憶はほとんどない。
数年に一回、両親の仕事の休みが取れた時に海外旅行に行ったことがあるが、それも数度のこと。
普段の生活では兄と沙帆の面倒をみているのは幼い頃から来ているシッターと、家事全般を任せている家政婦の二人の女性だった。
物心ついた頃からその状態だから、沙帆は両親よりもシッターと家政婦の二人の女性を本当の親のように慕い、頼ってきた。
両親はもちろん、祖父母やその前の代から医師の家系である宿命といえ、幼少期から寂しい思いをしてきたのだ。
「おーい、そこの、聞こえてないのか?」
目眩でも起こしているように、目の前がぐらぐらする。
あんなものを見せられて、存在を全否定された気分に陥っていた。
(なんでこんな目にばっかりあわなくちゃいけないの?)
「おいっ――」
誰かの声が耳に飛び込んできたと思った次の瞬間、足元がすくわれたようにして冷たい飛沫の中に吸い込まれていた。