発つ者記憶に残らず【完】
「…いや、持って帰る」
「えー、おやつがいいー」
「我慢しろ」
「は~い…」
ふいっと視線をそらされ立ち上がった彼は見えなくなり私はホッとしたけど、持って帰るなんて言い方が気にくわなかった。なんでそんな人を物みたいに言うの?あなたも同じ人間じゃないのよ。
男はひょいっと身軽にドラゴンの背に跨るとピーっと笛を吹き、街とは反対方向にこのドラゴンを飛ばした。このドラゴンの後ろからさっきまで街を襲っていた大きなドラゴンの大群も飛んできて私は怖くてしっかりと前を見る。
でも後ろからいろいろな声がして落ち着かなくなり顔をしかめた。
「やっべ超眠いんだけど俺」
「寝たら置いて行くから存分に寝ればいいんじゃねえか?」
「よくねーだろ」
「あー腹減ったーー!!!」
「うるせーよ!!さらに腹すくだろーが!!」
「おめえらうるせーぞ!」
「てめえもうるせー!!」
ぎゃあぎゃあとわめいていてかなりうるさい。聞く限りではオスしかいないみたいで自分が今思っていることをただ叫んでいるようだった。飛んでいて風の音でもうるさいのに風上にいるにも関わらずそれでも私の耳に彼らの騒がしい声が聞こえるなんてどれだけ大声で話しているんだろう、と思う。
少し冷静になれてきたのか、はたまたもう限界なのか、鼻や耳の痛みがぶり返してきて両手で両耳を塞いだ。うるさいし寒いし痛いしもういいことが1つもない!もういやっ!
このままこの手から抜け出して飛び降りてしまおうか、とふと思ったけど痛みを伴う死に方は極力したくなくて思いとどまる。だってこんなことで死ぬなんてなんだか勿体なかったし、バカバカしいし。
「……はあ」
精神的にも肉体的にも疲れたのか、私はため息をつきだんだんとうつらうつらと頭をコクコクとさせた。たまにガクッと後ろにのけ反ってハッと起きるけどまた目を瞑りこくりこくりと船をこぐ。
そのうち本当に眠ってしまったのか、寒さもうるささも気にならなくなった。