発つ者記憶に残らず【完】
*
そして体に衝撃を感じてバチッと目を覚ますとちょうどドラゴンが地面に着地したところで慌てて口の周りを手首でグイッと拭いた。危ない、よだれが垂れるところだった。
地面に下ろされドラゴンの手が離れると寒さにぶるっと身震いをしポンチョを握り締めた。ドラゴンは体温が高いのか拘束されていた手があまりにも温かくてつい眠ってしまっていたようで、いまいちどういう状況かわからなくて挙動不審になる。
きょろきょろと身を縮めて頭を振っているとドラゴンの背中からひょいっと飛び降りた男が私の背後に下りたってきて思わずビクッと反応し前に走って逃げた。そして恐る恐る振り向くと、私は呆気にとられた。彼とドラゴンの背後には闇夜に浮かび上がる大きな白亜のお城がそびえ立っていた。
ここが完全にその城の敷地内だということがわかったが他のドラゴンの姿が見えず不振に思って眉間にしわを寄せていると、城から現れた騎士みたいな人が叫びながら走ってきた。
「レイド様!どちらにお出かけになっておられたのですか!」
「…まあ、ちょっとな」
私をそっちのけにして叱っている騎士を腕を組んでじーっと見ていると、その視線に気づいたのかこちらを向いて騎士は大袈裟なほど目を丸くさせる。そして走り寄ってきて私の顔を覗き込んできてその近さに思わずのけ反った。
「ディアンヌ様!なぜここにおられるのですか!?そのような恰好をして!」
「え…」
ディアンヌと呼ばれて思い出したのはメモの内容だった。ゴードンという人にディアンヌという人がマリアを頼むような内容だからてっきり私はマリアだと思っていたのになぜかディアンヌと呼ばれて狼狽する。何を言えばいいかわからず絶句してカチンコチンに固まっているとレイドという青年が無表情で声をかけてきた。
「少し外に出していた」
「またそのような言い方を…こんな夜更けに連れ出すなど非常識にも程がございます!」
「俺が何をしようが勝手だ。こいつに肉をやっておけ」
「わーいお肉ー!」
「ちょ、レイド様!」
私はいきなり右腕を捕まれグイグイと引っ張られてつんのめりながらも彼に従った。後ろでは翼を広げて喜びでお肉!お肉!と雄叫びをあげるドラゴンとそれをなだめる騎士の姿があり、また顔を前に戻して歩くとレイドは迷うことなく城の中に裏口から入って行った。
堂々と正面から入らないのはきっと私がいるからだろうな、と思いつつ無言でその腕に従っているとしばらくしてパッと離された。そして彼はたどり着いた先の部屋のドアを開け中に入って行く。私も入ろうか迷ったけど、誰かに見られたら逃げられないと思い意を決して続いて部屋に入った。