発つ者記憶に残らず【完】
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そして早朝に目が覚めてしまってむくりと起き上がった。でも想像以上に寒くて身震いをする。カーディガンを羽織り我慢してベッドから出てカーテンを開けると、昨夜は暗くてよくわからなかったけど城下町が広がっていて思わず見とれた。
朝日を受けて建物の大小様々な影が伸びていてちらほらともう人が歩いているのが見える。カラッとした空気で空が高く見え、柔らかいその日差しの中を鳥の群れが悠々と飛んでいた。
ため息が出るほどの風景を頬杖をついて飽きることなく眺めているとコンコンと部屋のドアがノックされた。慌てて窓を閉めてはい、と返事をすると外から入ってきたのは侍女のマーガレットだった。
"あなたの侍女はマーガレット。年は40歳だけど独身だからそのことについては触れないでおいて。ベテランだから結構細かいところに気づくし小言を言ってくることはあるけどそんなに悪い人じゃないから普通にしてて大丈夫"
手帳で予習したけど要するにこの人が一番ディアンヌのことを見てきた人で、必要以上に用心するに越したことはない。
「おはようございます、ディアンヌ様」
「お、おはよう」
恭しくお辞儀をする彼女に不甲斐なく噛みながら挨拶を返すと、頭を上げた彼女は気にせず私にツカツカと歩み寄ってきた。
「失礼ですが、昨夜はどちらに?」
いきなり本題か、と思いげんなりしつつも平然とした態度で表情を変えずに答える。
「散歩。星が綺麗だったから」
「左様でございますか。お体が冷えているご様子ですのでこれからお風呂に入りましょう」
「うん」
よっしゃ乗り切った、と思ったけどどんな答えでも同じことを言うんじゃないかと思うほど淡々と受け答えをされて拍子抜けした。
そしてお風呂に1人で入ることになりそれも意外だったけど、手帳にもこの世界では王女が侍女に体を洗ってもらうのは結婚式の前ぐらいだと書かれていたからあんまり驚かなかった。
お風呂で温まりさっぱりとした気分で用意された服を着て待機していたマーガレットの元へ戻ると、髪がまだ濡れている、と乾いた別のタオルで頭を拭かれた。
用意がいいな、と感心したけどいつものことなのかもしれないと思い直しこれからはもっと拭いてから出よう、と思った。だって本当に風邪ひきそうだし。
年齢的にもなんだかお母さんみたいだなあ、と思いつつ素直に頭を拭かれ、ツヤツヤになった赤い髪をまじまじと手に取って見た。
確かにこの髪が珍しい、と思われても仕方ないかもしれない。だって地毛でこんなにも赤い人これまで会ったことないし、一番珍しいと思っていたのはせいぜい銀髪までだった。しかもロシア人のアイススケーターで3人もいた。
まあでもこの髪嫌いじゃない、と思いつつツルツルスベスベの若い肌を摘んだり撫でたりして堪能しながらマーガレットの後ろを歩いてついて行った。