発つ者記憶に残らず【完】


ついて行った先には私の部屋があって、ドレッサーの前に座らされて目を瞑っている間に化粧と髪型が整えられていた。目を開くと見慣れないというか、あなた誰ですか状態でしばらく鏡の中の自分と見つめ合っていると、マーガレットがスカートの裾を翻してドアの方に向かったのが見えた。

そっちに振り向くとマーガレットが口を開いた。


「朝食のお時間ですのでそろそろ参りましょう」

「あ、うん」


時計をちらっと見れば7時前で、起きたのが5時半だったからもうそんなに時間が経っていたのかと驚く。

黒くて裾の広がった高級感のあるドレスを揺らしながらマーガレットの後ろにてくてくとついていくと、とある部屋の前までやってきた。

"ご飯はいつも家族揃って食べるけど、だいたいは仕事の話しかしてないからあなたは黙々と食べてれば平気"

その"だいたい"以外の話題になったらどうすればいいんだ、と思いつつ生唾を飲み込んでマーガレットがドアノブを回すのを見守った。

今私達がいるのは王宮の5階で、私の部屋は2階。昨夜に会ったレイドという謎の青年は1階に住んでいた。

そういえばあの人、様付けで呼ばれてたな。もしかしたらディアンヌの兄弟?と思ったけど手帳にはレイドについて何も書かれていなかった。そこだけイレギュラーで対応に困るな、と思いつつ今まで接点が無かったのかもしれないとも思った。ディアンヌと知り合いだったらもっと違う態度で接して来たと思うし。

と、あれこれ考えていたらマーガレットがドアを開けたまま私が中に入るのを待っているのに気づいて慌てて中に入った。


「おはようございます。ディアンヌでございます」


ゴールデンタイムのアニメの決り文句か、と思いつつ硬い言葉でお辞儀と共に挨拶し顔を上げた。

長テーブルを囲んで8つの椅子があり、マーガレットがすかさず先回りして私の席の方に歩き出したからそれに従い彼女によって引かれた椅子に左側から腰掛けた。

兄弟は私の他に全部で3人いて、兄2人と姉1人だから私が一番末っ子ということになる。父と兄2人はすでにここに来て食べていたけど姉はまだ来ていないようだった。

そんな彼らは私には目もくれず静かに食事をしていてなんて居心地が悪いんだろうか、と早くここから出たい衝動に駆られた。ナプキンを膝に広げ外側からナイフとフォークを使い私も黙々と食べ始める。

そんな私の様子に向かい側の2つ左に座っている上の兄が驚いてちらっとこっちを見たのがわかった。

ああ、そう言えば私、テーブルマナーがなってなかったんだっけ。まあ別に、脳ある鷹は爪を隠すって言うじゃない、という感じでその視線を無視して私はサラダを食べた。


「…ヘイト村の件、どうだった?」


ふと、下の兄が上の兄に向かって声をかけた。下の兄は私から席を2つあけて王様の近くの席に座っている。

"上の兄はノイシュ。27歳。最近は王様に代わって国事をするようになってきたから失礼のないようにね。下の兄はヨハン。24歳。結構ズケズケと物を言って来るから私は苦手だったわ。姉はフォルテ、22歳。ディアンヌ以外は同じ母親だからあなただけ仲間外れだけど、もうみんな空気扱いだから気にすることないわ"

なんか複雑、と思いつつ兄弟の説明を読んだけど、もっと細かいエピソードもあってそこも頭に叩き込まないといけないと思うと気が滅入った。なんでよりによって王族なんかに生まれてしまったんだろう。めんどくさい。

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