発つ者記憶に残らず【完】


「昨夜片付いた」


ノイシュが低い声で素っ気無くそれだけ答えると、ヨハンは明るい声を出したけどその表情は特に変わっていない。


「さすがだね。ドラゴンさえいればマドロスは最強だよ」


マドロスは最強…それに、昨夜、ドラゴンって。

じゃあ、あの焼かれていたのはヘイト村で、ノイシュが命令してドラゴンにあの村を襲わせたということになる。それが国事と繋がっていたら、と思うともっと他にやり方が無かったのか、と思った。

あんな、一方的に、抗えない圧倒的な力の前で人間なんて成す術がないじゃないか。

ドラゴンは言葉がわかるし炎も吐いてたけど、そこまで頭がいい感じじゃなかったからドラゴンたちはいいように使われているだけで、しっかりと教育すれば虫すら殺せなくなるんじゃないか、と考えたけどさすがにそれはあり得ないか、と思い考えるのをそこでやめた。

なぜなら部屋のドアがいきなり開いて挨拶もなしに姉のフォルテがやって来たのだ。そしてヨハンの元に足音を荒々しく響かせながら一直線に向かう。怒っているのか目尻がつり上がっていた。


「ヨハンお兄様!あなたって人は!」

「なんだい朝から騒々しい」


邪魔だと言わんばかりにヨハンが顔も見ずにフォルテを手で払うと、それにさらに腹を立てたフォルテが声を荒上げる。


「私のキティをドラゴンのエサにしましたわね!」

「…え?してないけど」

「正直におっしゃって!」


キティって…もしかして猫のこと?だとしたらなんて残酷なことをして、こうも普通にしていられるなんて同じ人間とは思えない。

ヨハンは要注意人物、と頭にメモをした。


「朝から見当たりませんのよ?いつも私のベッドでぬくぬくと可愛らしい寝顔で眠っているのに今日はいませんでしたわ!以前も私の大事なキティをどこかにおやりにやりましたものね!」

「ていうか、キティって誰?君の男?」

「お兄様っ!!」

「そのぐらいにしておけ2人とも。陛下の御前だぞ」


2人の間に声だけで割って入ったのはノイシュだった。フォルテだけヒートアップしていた口喧嘩がぴたりとやみ、フォルテはすごすごと自分の席に戻る。ヨハンは何事もなかったかのようにそのまま食事を続けた。

"もう王様は耳が遠くなってるから何か言ったところで聞こえてないことが多いけど、目はまだしっかりと見えてるから笑っておけばいいわよ"

確かに聞こえてないんだな、と黙って食事を続けていた王様を見て確認した。さらにはニコニコとしながら食べてるし、今日も息子たちは仲がいいなあ、ぐらいしか思ってないのかもしれない。

…この国、大丈夫かな?

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