発つ者記憶に残らず【完】
建物を2階分使ってできた部屋で、壁の全面には本棚が埋め込まれていてびっしりと本が並び、梯子も2段階に伸ばせるようなものだった。ところどころにある窓から光の線が入ってきていて埃が舞っているのが見える。
ぽかんと口を開けて見上げていたことに気づき慌てて前を向くと、ちょうど奥の机にトーレンがドサッと書類の束を置いているところだった。ノイシュもそこに行き書類を手に取って読んでいるようだった。
2人とも背中を向けていて何をしているのかわからなくて近付こうと歩き出すと、何かが肩にポタリと落ちてきた。
…えっ。
「えっ、ひゃっ!わあっ!」
「わーわーわー」
落ちてきたのはなんと小さい白いドラゴンで、私が訳もわからず暴れてその場から逃げるとドラゴンも真似してわーわーと棒読みで鳴きながら飛んだ。
最初大きなクモか何かだと思ってたのにまさかのチビドラゴンでもう私の頭の中はパニックだった。いや、クモでも相当の恐怖だけどそれ以上に予想外過ぎて頭がついていかない。
誰か助けて…!
「どうした?」
2人が私の声で振り返ってノイシュが声をかけてきたから、無意識にその腰に走って抱きついてあわあわと口を動かす。
「あ、あれっ、あれがっ、いぃぃいきなりっ…!」
「とりあえず落ち着けよ」
頭をポンポンと優しく叩かれてだんだんと冷静になり、涙目になっていたことに気づいてそれを指で拭き取りながら深呼吸をした。そして抱き着いていたことに気づきパッと離れて俯く。
「ご、ごめんなさい…」
こんな普段あまり接点がない末妹が飛びついたら扱いに困るだろう、と思ってしょぼんと頭を下げると、頭上からクククッ…と笑いをこらえる声が聞こえて驚き恐る恐る見上げると、ノイシュが口に手を当てて笑ってて呆気に取られた。
な、なんで笑ってるの…?
「ノイシュ様…?」
「あ、ああいや…面白かったから、ついな」
「は、はあ…」
トーレンでさえ驚いて目をぱちくりとさせているあたり、ノイシュはあまり笑わない人なのかもしれないと思った。そしてノイシュは左手の甲を上に掲げてドラゴンを呼ぶ。
「ヒア、おいで」
「パパ!」
…パパ?
ノイシュがヒアと呼んだ白いチビドラゴンは、ひらりと身を翻して彼の左手に四つん這いになって乗った。ドラゴンはパパ、と呼んで彼の指をガジガジと甘噛みしている。
…それ、痛くないの?と心の中で首を傾げた。