発つ者記憶に残らず【完】
「誰って、ディアンヌ様では?」
「確かに見た目はディアンヌだが、中身は違う」
「ええっと…」
真顔でトーレンの言葉に返しながら私を捕らえて離さないその鋭い緑色の目に怖気づく。もう中と外が違うということを疑っていないその目には嘘がつけない気がしてなんと答えれば正解になるのかわからなかった。
肯定すれば、どうなる。
この世界において、こういったことは実際にあり得ることなのか否かでどう答えるべきか決まる。あり得るのなら正直に言うし、あり得ないのなら笑って誤魔化す。でもその誤魔化しのきく相手だとは思えなくて正直に言うことにした。
「…はい、私はディアンヌではありません」
「えっ…」
トーレンは短く声を漏らし私とノイシュを交互にちらちらと見た。またあのひ弱なしょんぼり顔になっていて非常に残念だ、と全く違うことを思い慌てて邪念を追い出す。
そしてしっかりとノイシュを見据えた。
「私はマリアです」
「マリア…ディアンヌはどうした」
「ディアンヌは私と入れ替わるようにして消滅しました」
「原因は?」
「それは…」
どこまで話せばいいのかわからなくなりそこで言葉を切った。こんな私達の話をはいわかった、と受け止められる人なのか、と躊躇する。こんな、浮世離れした話を誰が信じるというのか。それにこのことを話してまた罪だなんだとなると非常に厄介だ。
魂の理のことをこの無垢な魂に告げてもよいものか…
「話せないなら、それでもいい」
「…ごめんなさい」
ノイシュの言葉に素直に甘えることにし謝った。だって、言ってはいけないような気がしたから。何も知らない魂が知り得ない理を知ってしまったらあとでどうなるかわからない。今後の転生に影響が出てしまうのであれば包み隠さず話すにはリスクが大きすぎる。宗教のように信じるのとは違って事実を言うのはルール違反というもの。
俯いているとまた頭に手を置かれて思わず見上げた。そこにはさっきとは打って変わって優しげな顔が映る。
「本当は困っているんじゃないのか?自分が何者なのかいまいちわかっていないだろう」
「それは…ディアンヌだった人が手帳に残してくれたので大丈夫です」
「え、あの、信じちゃうんですか?」
完全に蚊帳の外にいるような気がしたのかトーレンがビックリした様子で聞いてきて、頭から手を下ろしたノイシュはああ、と頷いた。
それは私も不思議でならない、と思う。こうもあっさりと物分りの良い態度を取られると逆に勘ぐってしまい、不躾な視線を送ってしまった。
双方の視線に気づいたノイシュは肩をすくめる。
「俺は物事に対して全て肯定的に受取るようにしているんだ。対して驚くことではないと思う」
それは裏を返せば騙されやすいということに繋がらないだろうか、と思ったけどこの人の前で嘘をついたらどうなるかわかったもんじゃない、と思えるようなオーラがあって、まさに王族だな、と感心した。