発つ者記憶に残らず【完】
…まあ、いいか。変に詮索されるよりはマシだもんね。
「ヘイト村自体はもう廃れた村で誰も住んでいなかったんだが、ここ最近あそこを寝ぐらにする盗賊が住み着くようになったため消すことにした」
「け、消す…」
あれはもう、消すなんてもんじゃない。それ以上のおぞましい状態になっていてその表現では足りないと思えるほど残酷だった。建物がドロドロに溶けて近くの草木も燃え盛り、真っ黒な煙がもくもくと立ち上り空も真っ赤に染め上げ、その上を大きなドラゴンが何頭も飛び回り…
地獄絵図とはまさにあんな状態だ…人の骨なんて残らずあの場は今はもう真っ黒な更地になっていることだろう。
あの鼻をつんざくような臭いと喉を焼かれるような空気を思い出して思わず口と鼻を手で塞いだ。
「…大丈夫か」
「は、い…」
なんとか唾を何度も飲み込んで吐くことだけは避けた。背中を丸めて机に片手をつき深呼吸をする。なるべく思い出さないように目は瞑らないようにした。
あんなの…もう、2度と見たくない。
ちらりとノイシュを見た。寛大な心を持っていて油断がならない人だけどどこか優しくてどこか残忍な心を持った男。光と闇を同時に持っているような人でその頭と心の中はいったいどうなっているのか、と信じられないような気持ちになった。
恐ろしい、と心の底から思った。
「ヘイト村は他の街から離れていたため盗賊が住み着いてしまったんだが、その跡地をドラゴンの育成場にしようという計画が出てきたため俺も賛同し、トーレンにその設計を命じた」
あの設計図か、と思い出し、確かに大きな建物だったな、と思い浮かべる。でも、その育成という言葉の真意がわからなくてどうしても胸がもやもやとしていた。
保護のために繁殖を目的とするのか、戦闘手段として強く育てることを目的とするのか。
あんなに小さなヒアがヘイト村を焼いていたドラゴンみたいに大きくなるのだと思うと、可愛さだけではないのだと思い直す。自分の本能に従って生きている姿はまさに野生で、人間なんかが調教したところで手に負えるはずがない。
もう、頭の中はパンク寸前だった。
「ドラゴンの調教師の1人がレイドだ。育成場の関係で最近雇った新人なんだが、何かとドラゴンと気が合うのかやつの笛には簡単に従っている」
「笛…?」
「ああ。ドラゴンの鱗から作る笛だ。人にはただピーピーと聞こえるだけの音だが、ドラゴンには違って聞こえるらしい」
いったいどんな音色なんだろう。確かにピー、と鳴っていたけどドラゴンには違う音に聞こえるなんて不思議だ。それにレイドはまだ新人らしい。やっぱりディアンヌはレイドとは面識がなかったと考えたいけど、彼の態度が気になって頭から離れない。