発つ者記憶に残らず【完】
ああもう、レイドに早くまた会わせてほしいところだ。
「彼は今、どちらに?私は彼にもう1度会わなければならないんです」
「すまないが、しばらくはドラゴンと共に遠征に向かっている。ヘイト村の他にも気になる村がいくつかあるんだ」
「そんな…」
彼は部屋に戻ってからそう経たない内に城からいなくなってしまったということか。彼に会わないことには何も話が進まない。
彼ももし真理を知る者なのだとしたら、私達がなぜ分裂したのか、私はこれからどうなってしまうのかを知っている可能性がある。少なくとも私の存在を認知したということは、彼はこの世界のただの住民ではないということになる。
どうしても、確かめたい。
「では私は…ディアンヌの生活に戻ります。いつまでディアンヌでいられるかはわかりませんが、私がマリアだと知った以上はあなた方にはそのように接してもらいます」
「まあ、時と場合によるな」
「はい。よろしくお願いします」
「…マリア」
ぺこりと2人にお辞儀をしてここから出ようと踵を返すと後ろからノイシュに呼ばれた。マリア、と呼ばれてピタリと立ち止まる。
でも後ろから小走りでやってきたのはトーレンだった。
「…えっと、すみません。もしかしなくても年上だと思うので敬語でいさせてもらいますが…その、お部屋までご案内します」
「…助かるよ」
それなら敬語はよそうと思いトーレンに対して普通に答えると、さっきまで敬語を使っていたからか変な感じがした。
確かに1人で行こうとしたけど迷子になるのは必然で、トーレンにつれられて部屋を出ようとする。ちらりと閉まるドアを振り返ると私を見つめるノイシュの目と会い、ドアが閉まりきるまでお互いに視線をそらさなかった。
バタン、と視界を遮られトーレンの方を向いた。
「はあ…その手、下ろして。やるならちゃんと時と場所を選んでやってよ」
「………はい」
腰にある剣に右手を添えていたトーレンは私の低い声に素直に従ってだらりと腕を下ろした。
まあ確かに、あの場では納得したふりをして後で殺すことは可能だけど、今はまだ早い。ノイシュに声が響いていた、とさっき言われたばかりなのに。
「まだ、待って。確かに怪しい者に変わりはないけど、私だってまだ死ぬわけにはいかないの。だからお願い、まだ見逃してて。私を殺しても意味はないの」
「……無礼な真似をして申し訳ありません」
トーレンは騎士。だから主を護るために剣を抜き命を奪うことは間違ってはいない。でも、そんな顔をした人に殺されたら私だって怒るに怒れなくなっちゃうよ。
彼は今、迷いに目を泳がせ、口は真一文字に結び手をガタガタと震えてさせていた。その右手にそっと手を添えるとピクリと大きく震えて、さらに震えさせる。
指先が冷たくなっているのがわかった。