発つ者記憶に残らず【完】


"この国では王子は権力を示すため1人1頭のドラゴンを飼っていて、ノイシュもヨハンもそう。どちらのドラゴンとも見たことはないけど、ノイシュよりもヨハンのドラゴンの方が成長が早かったみたいでヨハンの態度が鼻につくのはそのせいなの。フォルテにちょっかいを出してるのはノイシュに大きな態度を取りたいけどちょっとやりづらくて、その腹いせだか鬱憤だかのやり場が彼女に向かっているせい。ノイシュもそれを黙認してるところがあってもう居心地悪すぎて胸焼けしそうね"


それは同感、と頷く。部屋に戻って手帳を読んでみてドラゴンについてが書かれていたから読んでみたんだけどなるほど、と納得するしかなかった。

今朝の様子から見てもそんな感じだ。フォルテがここを出ることになって本当に良かった。彼女がいつからいじめを受けているかはわからない。でも、笑いながら悪質なことができてしまうヨハンから離れることでもっとフォルテが笑えるようになればいい、と思ったけどその矛先が私に来ることは明白だった。

さて、これからどう切り抜けようか。

私は手帳を閉じてカーテンを開けて窓を少し開けた。太陽が街の向こうに見える山脈に顔を隠し、徐々に暗闇が濃くなっていく。でもその暗闇はどこか安心できる暗闇で、飲み込まれるというよりは包み込まれるような穏やかな気分になれた。

机に頬杖をついて何も考えずに沈む夕日を眺めていると、窓の隙間から風に乗って何かいい匂いが漂ってきた。そろそろ夕食の時間なのかもしれない。

そして18時になるとマーガレットが私を呼びに来て、来客があるからと軽めに身支度を整えてから食事の部屋に向かった。その来客はフォルテの旦那さんで、婚約の挨拶に来たらしい。でも王様、耳遠いのになあ…とぼんやりと思いながらマーガレットの後ろについて廊下を歩く。

キティがいなくなって悲しんでいたフォルテがどんな様子か頭の片隅で朝から気になっていたけど、部屋に入るとその心配はどこかに吹き飛んだ。

私は勝手に旦那さんだけ来ると思ってたんだけど、あろうことかなぜか立食パーティーになっていて怖気づく。長テーブルも椅子も片付けられ、広い部屋の中心にいろいろな料理が並びところどころで談笑する人の姿があった。その数、ざっと数えて30人ほど。この人たちは別のドアから入ったみたいで全く王宮側からはその喧騒がわからなかった。

…披露宴か何かですか。


「マーガレット。私、部屋に戻りたいんだけど…」

「いけません。今夜は我慢なさってください。フォルテ様のお相手は騎士団長様のご子息でそうはいかないのです」

「……」


誰よ、騎士団長って。エスカレーター式の学校のスポンサー的な立ち位置の人ですか…立場は向こうの方が下だけど、無下にもできない微妙にやりにくい相手。

ひーん、と心の中で涙を流しつつカツカツとヒールを響かせてドアの前から中に離れる。その間にチラチラと見られているのがわかったけど完全に無視した。

私は散歩をする水族館のペンギンじゃないからね。見世物じゃないんだから。

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