発つ者記憶に残らず【完】
「ダーニャ!」
「…ダーニャじゃないから」
「ダーニャの肉ちょーだい!」
「嫌よ!」
なぜかヒアはあの日以来、全然ありがたくないことに私の髪が気に入ったのかこうして襲いかかってくる。本人が本当に私の髪が肉ではないと理解しているか不明だけど、昨日もここに来たときに同じことをされたから今日はサッと避けた。
昨日はノイシュに呼ばれて、護衛と鍵が必要だだの、何か異変があればすぐに報告するようにだの言われて、あんたは私のおかんか、と思わず言いそうになり、ちょっと、とか、あのね、とか挟んでいたけど慌てて口をつぐんだ。それを肯定と受け取ったのかノイシュは足を組んで満足そうに椅子にふんぞり返っていた。
「遊ぼうダーニャ!」
「…あとでね」
「うん、あとで遊ぶ!」
ヒアはずっと執務室に閉じ込め…ではなく、ここで暮らしているから退屈なのだろう。でもまだ懐ききっていないらしく、外に出せばどこかへと行ってしまいそうでなかなか出してあげられない、と育ての親が飛び回るヒアを目で追いながらぼやいていた。
そしてなぜ私をダーニャと呼ぶかというと、ノイシュが私のことをディアナと呼ぶから、それを真似しようとして発音が上手くできずダーニャになっているみたいだった。そこはちょっとだけ可愛いと思う。
ドラゴンは魔法みたいなのが使えるそうで、自分の意思を人間にも伝わるようにその魔法によって変換してるらしい。"だからドラゴンの咥内の構造からして発音できない人間の言葉もまるで喋っているように俺たちには聞こえるんだ"とノイシュが昨日得意気に言っていた。火を吹くのもその魔法の一種で、他にもいろいろとできるらしいが完全には把握できていないらしい。
ノイシュがやけに饒舌になって楽しげにドラゴンのことを話すなあ、と思ってトーレンに聞いてみたら"ノイシュ様はドラゴンの研究を精力的に行っているので"と言われた。だから新しい育成場に意欲的になっているんだな、とそれを聞いて納得した。
それにトーレンもなかなかゴーサインが出ないとぼやいていた。図面を書き直すもここが違う、ここも違う、とダメ出しされてはまた書き直しているらしい。昨日も図面を見ながら議論してたけど、ノイシュの希望とトーレンの現実的な意見がなかなか噛み合わず苦労しているみたいだった。
まあ、よくあるよそんなこと。商品開発では日常茶飯事だもん。コストダウンしたいって言われたって品質落ちるし無理なもんは無理なんだってば…