発つ者記憶に残らず【完】


微妙な時間のせいか、人があまりいない通学路を自転車を押す津田沼と一緒に歩く。気温が高く西日が当たり体中から汗が溢れてくる。

むあっとした空気に耐えつつお互い無言で歩いていると、ふいに津田沼に声をかけられた。


「コンビニ寄っていい?」

「え、うん」


通学路中にあるコンビニに立ち寄ることになり、駐輪場所に自転車を止める津田沼を眺めながら声をかけた。


「ここで待ってる」

「涼しいから入れば?」

「ダメ。出られなくなりそう」


私の言葉に津田沼は口角を上げ目を細めた。その顔が思いのほか優しくてドキッとする。


「じゃ、なるべく早く戻るんで」


スクバを持った彼は私の返事を聞かずにさっさと歩いてコンビニに入って行った。

ほっと息をついて、空になった津田沼の自転車の前かごに自分のリュックを入れてコンビニに背を向け車が行きかう道路を眺めた。

私はあまりスマホをいじらない。通信量が1月3ギガまでで、1日に目安で0.1ギガしか使えないからだ。それに夏で暑いということもあり、使っているとスマホもすぐ熱くなって充電がどんどんと減る。

車を眺めながらさっきの津田沼の顔を思い出してまた胸の高鳴りを感じ、冷静になろうと心を落ち着かせた。

あんな笑顔、これまでしてたっけ。仏頂面、真顔、無表情、不機嫌な顔。クールと言えば聞こえはいいが、表情が乏しいとも言える。それは私にも当てはまることだと思っているけど。

1年生のときはただのクラスメートで全く話したことはなかった。2年は学祭の準備のときに話すようになった。今となっては席が前後ということもあり休み時間に毎回話すようになった。陸上部を引退してからの彼はどこか空っぽな感じだったけど、それもだんだんと治まりそれまで通りに戻りつつある。

意識が過去にトリップしていると、右頬にいきなり衝撃を感じて思わず身を引いた。


「ひゃっ!」

「あ、おい!」


飛びのいた腰に津田沼の自転車が当たり、さらに足がペダルでもつれて自転車と一緒に後ろに倒れそうになる。視界が空しか映らなくなり思わず目を瞑ったが自転車が倒れる音もせず、私も倒れなかった。津田沼の右腕が腰から肩にかけて回され、左手で自転車を掴むという力技で事なきを得たのはいいけど、私の暴れる心臓が彼にはきっと感じられているはずだ。体がぴたりと密着し、何かつけているのか爽やかな香りがする。

第2ボタンが外された鎖骨が目の前にあり、目を開けていると喉ぼとけが視界の上で動いた。


「ったく…」

「ご、ごめん。もう大丈夫だから」


頬に当たってきた虫に驚いた私をちょうどコンビニから出た津田沼が慌てて支えてくれたらしい。津田沼がいなければ今頃どうなっていたことか。

私が離れると津田沼はチャリを立たせ、コンビニの入り口に振り落としたスクバを拾って戻ってきた。眉間にしわを寄せた彼の顔を見ていられなくて俯く。


「ごめん…」

「ホント、そういう危なっかしいところあるよなおまえ」

「う…」


ため息交じりに言われて言葉が出なかった。気まずさを感じて俯いたままでいると、彼はガチャンと自転車を押してスタンドを解除する。

そう言えばリュックそのままだった、と思ってハッと顔を上げるとすぐ目の前に津田沼の不機嫌な顔があって息を飲んだ。


「これからちょっと付き合え」

「え?」

「ちなみにリュックはまだ返さねえ」

「な、そ…!」


そう言い残して顔を離し自転車を押して歩き出した彼を慌てて追う。そんな彼の背中にはスクバが背負われていた。普段は持ち手の片方だけを肩にだらしなくかけているのに…




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