発つ者記憶に残らず【完】
「…仲がいいみたいだな」
「どこが?ていうか、誰と…?」
執務室の奥にある休憩室兼ノイシュのプライベート化した部屋に入りトーレンも一緒になって朝食を囲んでいると、コーヒーを飲みながらノイシュがぼそっと言ってきた。
私と仲がよく見えるのはトーレン?それともヒア?
「…なんでもない」
「あ、そーですか」
猫をかぶることをやめた私がいやみったらしくノイシュにそう言うと食器を片付けているトーレンにちらっと見られた。堅苦しい言葉をやめてほしいって本人に言われたんだから別にタメで話したってよくない?兄妹ってこういうもんでしょ?
…ああ、片付けるの手伝えってこと?
そう思って私も立ち上がると今度はノイシュに訝しげに見られてもうなんなんだ、と思う。何をすればあなたたちの正解になるわけ?2人とも意外と反りが合わないよね、と思ったけど片付けも掃除も王女がやることじゃないか、と思いノイシュのその目がこの前のトーレンの目とだぶって見えた。
"掃除をするなんて、冗談ですよね…?"
トーレンに言われた言葉と信じられない、というように眉間にしわを寄せた表情を思い出し、無言で今まさにノイシュにも同じようなことを言われている気がして思わずクスッと笑ってしまった。
私が笑うとノイシュはふいっと目をそらした。
「そう言えば、王様を1人にしてていいの?」
ここでノイシュと私が食事をしたら王様がぼっち飯じゃん、と思ってふと聞くと彼はなんてことのないように感情のこもっていない声で言ってきた。
「ああ。あれは偽物だからな」
「偽物…?」
「影武者だ」
…はい?影武者?っていうと、顔は似てるけど中身は別人っていうあの影武者…?
「恐らくヨハンもそのことには気づいている」
「ちょっと待って、どういうこと?みんな知ってたの?」
「おまえとフォルテは全く知らなかったが、その2人が実質いなくなったことで隠す必要もなくなったから今話すことにした」
ああ、そう、と戸惑いながらも頷いてずっと中途半端に浮かせていた腰を椅子に下ろして聞く体勢に入った。トーレンはガチャっとドアを開けてワゴンをゴロゴロと押しながら退場し、私とノイシュの2人っきりとなった。そのことを意識しているのは私だけなのかな、とノイシュの涼し気な表情を見るとそう思って一瞬緊張した自分が恥ずかしくなった。