発つ者記憶に残らず【完】
ディアンヌは母親似だと手帳には書かれていた。それって、彼女は自分の母親を覚えているということだろうか。それとも人伝いに聞いた話なのだろうか。
例え2歳だったとしても中身は大人だからもし覚えているんだとしても不思議じゃないけど、あの手帳もだんだん必要無くなってきたように感じていて最近は見ていない。
だって、ディアンヌのことを知ったところで何になるっていうの?今回の転生は以前のディアンヌを演じなければ周囲に怪しまれると思ったからそうしてたけど、だいたい、怪しまれたところでどうなるというのだ。中身は別人です、と言ったところで気がおかしくなったイタいやつ、としかならないし、逃げようと思えば逃げることもできたはずだ。
ここに留まろうとした理由はやはりレイドという青年の存在が大きい。彼に会わないことには私はディアンヌであり続けなければならないのだろう。彼がいなかったらここに連れて来られてもいつでも逃げることはできた。
マリアとしてどこかで生きて死ぬこともできたはずだ。
「…まあいい」
ノイシュが立ち上がったから顔を上げるとやっと目が合ってなぜかホッとした。ずっと何かを考えているのか思いつめたような暗い顔をしていて心配だったのだ。
なぜかじーっと私から動かない視線に緊張してきていると、今度はノイシュが小首をかしげた。
「…おかしなやつだ」
「え?」
ノイシュがそれだけを言ってさっさと執務室に戻ってしまったためぽかんと口を開けたまましばらく動けずにいた。
"おかしなやつだ"って、どういう意味?
確かに私は記憶がたくさんあって人格もたくさん経験して複雑な神経回路を持ってるかもしれないけど、おかしいとは思ってない。あくまで私は私であり、ディアンヌと比べていたんだとしたら大きな間違いだ。
私は彼女のコピーらしいけど、コピーにだって個性がある。クローンでもそれぞれ違うことを考えるし、好みだって違うし、癖とかも違うはずだ。彼に私がどういう風に見えているか予想できないけど、まあきっと恐らく、こういうことを感じていると私は思う。だって、私自身も思っていることだから。
おまえはここで生きる気がないのか?…と。