発つ者記憶に残らず【完】


"ドラゴンには雌雄が無く、1頭から基本的に1頭しか生まれないためその数は減っている。鱗や牙、爪が装飾品に利用されるのはもちろん、その肉も精がつくと重宝されている。血液と内臓も万能薬として使われ、特に心臓は食すことで長生きができるとされているが流石の俺でもそれに対しては疑問に思う"

昨日ノイシュはそんなことも言っていた。

しかも普通は親のドラゴンが育てるはずだったのに、王族の勝手な習わしのせいで卵を盗むことになって、親ドラゴンはそのストレスで死ぬことが多いらしく彼は話しながらとても残念そうな顔をしていた。でも親ドラゴンも子供が階級の低いドラゴンだった場合、気に入らずに見捨てたり食べてしまったりするそうで、なんて厳しい世界だ、と思った。

"俺はドラゴンの出生率が上がる方法を探している。親が育てずとももう1つ卵を生ませることができればあとは人間の手でいくらでも育てられるはずだ"

それはノイシュの夢であり目標なのかもしれない、と飛んでいるヒアを見つめていたそのときの真剣な面持ちをしている彼の横顔を見ながらそう思った。

だからトーレンもきっと彼の賛同者の1人なんだろう。私を逃がすよりも隠す方が危険が少ないし、もしもがあった場合は…ヒアを殺さないといけなくなるから。

でもそうなるとノイシュは王位継承権を失い、あのヨハンが王になってしまう。ノイシュが宰相になれば別にヨハンが王になろうと経験の差で国事を握ることができ、ヨハンを形だけの王にすることもできる。でもヨハンがそれを許すとは思えない。彼はまさしく暴君だし、ノイシュの方が自分よりも人間として優れているのは認めているみたいだから、指図されたくないだろう。

グルグルとそんなことを考え込んでいると、ノイシュが1歩前に出たのがわかって飛んでいた意識を慌てて戻した。彼が1歩、また1歩と進むと、今度はトーレンがさっと前に出て私を背中に隠した。

緊迫した空気が漂う中、ノイシュがヒアの前に跪いて見上げる形になった。その行動に私は、えっ、と驚き口に手を当てた。だってその高さじゃノイシュの金色の頭の向こうに私が見えることになってヒアから私が丸見えだ。

トーレンがいるとは言え、私からヒアが見えているということはヒアからも私が見えていることになり、ますます狙いやすくなったことになる。その行動の意味がわからずただただ静かに見守ることしかできなかった。

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