発つ者記憶に残らず【完】
駅に向かう道から外れて連れて来られたのはスーパーだった。ここには学祭の迷路で使う段ボールをもらいに来た記憶がある。
「今度は一緒に来いよ」
「うん…」
さっきのこともあり大人しく後ろについて中に入るとひんやりとした店内に歓喜した。あー、涼しい。
「ホントはコンビニで済ませられるはずだったんだけどな」
「どうしたの?」
何か言った気がして声をかけると、くるりと振り向いた彼はなぜかぴたりと立ち止まった。
「悪い。歩くの速かったか」
「ん?別に普通じゃない?並んで歩くと邪魔になるし詰めて歩くと立ち止まったらぶつかるでしょ」
「…ん、まあ」
歯切れの悪い返事に首を傾げたがそれ以上何も話さず店内を歩いた。そして向かった先はアイスコーナー。
「アイスが食べたかったの?」
「まあな。期間限定であのコンビニにもあると思ってたら無かったんだ」
「なるほど」
「ああ、あったあった」
津田沼が手に取ったのは2つにくっついたアイスを別々に分離させ、上部のわっかに指を引っかけて開け、ビニール容器を押し出しながら食べるアイス。2人でシェアして食べることもできれば、個包装になっているため別の日に片割れをまた食べられるというもの。
「ミルクキャラメル味?」
「普段はコーヒーとかだけど、ちょっと気になった」
「へえ。美味しそう」
パッケージはオレンジとブラウンを基調に、キャラメルと牛乳瓶のイメージ図が描かれている。それを1つ持って会計をすませ、自転車置き場に戻って開封した。そしてアイスを2つに分けると津田沼は1つを私に差し出した。
「あげる」
「ええ?じゃあお金…」
「いーよ。溶けるから早く食べて」
「ああはい…」
お言葉に甘えてミルクティーのような色をしたアイスを受け取り、指で開けて中身を押し出して1口食べた。
「あ、思ったよりキャラメルの味がする」
「だな」
アイスで涼を感じつつ黙々とそれを完食すると舌がその冷たさに痺れていた。
「ゴミ捨ててくる」
「ありがとう」
素直にアイスのゴミを渡すと津田沼は走り去って行った。
でもこの状況がよくわからない。
なんであいつとアイス食べてるの…?
そして戻ってきた彼は申し訳なさそうに目尻を下げて突然謝った。
「悪いな。付き合わせて」
「別にいいけど…そんなに食べたかったの?」
「…そうだな。歩きながら話す」
彼は表情を戻して早口にそう言って私の後ろを通りサドルを持って自転車を押し始めた。
まだ前かごに私のリュックが入っていて慌てて右手を伸ばす。
「ごめん、リュック入れっぱー…」
「このままでいい」
その手を言葉と一緒に掴まれ硬直した。手を包み込まれた瞬時に思ったのは彼の手が思いのほか熱かったこと。さっきまでアイスを掴んで食べてたのに。
「手、冷たい」
「そ、それはアイスのせい」
「おまえの手、ひんやりしてて気持ちいいな」
え?とさらに固まったけどそっと離されてそれ以上は何も言われなかった。遠くなる背中に慌てて駆け寄り、駐車場で通りも広いからと横に並んで顔を覗くとサッと手で視界を遮られた。
「見るな」
「なんで?」
「なんでもいいだろ。車来たら危ないから後ろ歩け」
よくわからん、と後ろに引き下がるとちょうど車がノロノロと横を通り過ぎて行った。