発つ者記憶に残らず【完】
それを見てノイシュはサッと顔色を悪くさせ、見るからに狼狽え切羽詰まったように短く声をかけた。
「おまえ…まさか…」
ヨハンは頷いた。
「そう。これはゼウの笛だよ」
ゼウの笛。ドラゴンの鱗をドラゴンの炎によって溶かして作られた笛。
まだ解明されていないけど、この笛には持ち主だったドラゴンの魔法が宿っており、その魔法を利用してドラゴンたちが人間の言葉に自分の意思を変換できるように、人間の意思をドラゴンたちに伝えることができると言われている。さらには使用回数があるようで、その回数を超えるととたんにただの綺麗な笛に成り果てる。
また、鱗に残った魔力のためか、笛を吹くと原料の鱗を持っていたドラゴンにもどんなに遠く離れていても聞こえるらしく、調教師が使う笛はどれも命が果てたドラゴンの鱗しか使用されていない。
でも、あり得ないよ。こんなに跡形もなく粉々になるなんて。だって落下してきた分厚い本の下敷きになっても割れもせず欠けもしなかったあの頑丈な鱗だ。どうやったらこんなに砕けてしまうのか想像もつかない。
「驚くよね?こんなに粉々になるなんて、ってさ……僕も思ったよ、ふざけんな、って。なんでこんなにぐちゃぐちゃになっちゃったの、って……ねえ、覚えてる?」
ヨハンはノイシュと共にドラゴンの調査をしていた頃の出来事を語った。
ノイシュ、ヨハン、ハサルが送ってくれたハサルのドラゴンと縄張りのため別れて山を登っているとき、中腹でヨハンは2人に先に行くように促し自身は一休みしていた。その中で最年少のヨハンは2人に比べて体力が足りず、今回の山登りはそこまで厳しくないと予想されていたから1人でも後から登れると思った。
岩に座って一息ついているとき、たまたま首にいつもかけていた笛の糸が解けてしまい、手を伸ばしたものの間に合わず笛が山肌をカンカンと弾みながら転げ落ちて行ってしまった。
ヨハンは慌てたが転ばないよう慎重に降りつつ、笛が落ちて行った先をしっかりと見据えて見失わないように目を凝らした。笛は割れないから見失わなければ大丈夫だろう、と考えていたからあまり心配していなかった。
そして日光にキラキラと反射する点を見つけ駆け寄ると、今まで見えていなかったあるものが姿を現した。それは大きなドラゴンの亡骸で、同化しつつあるのか灰色のドラゴンのような形をしたただの岩の地面のようになっていた。しかし鱗や角などは原型をとどめたままで、私から言わせればセメントで固められたドラゴン、のイメージだった。