発つ者記憶に残らず【完】
"ベルダム地区に来るよう、レイドには通達しておいた"、とノイシュに言われた私はお風呂から出て部屋に戻ると明日の準備をした。善は急げということで早速明朝にここを発つことになった。
"ノイシュたちがいない間に僕が王様になってるかもよ"
ヨハンはそんなことを面白おかしく言っていたけど、あながち冗談ではないかもしれない、と大きなバッグに苦労して探し出した動きやすい服を突っ込みながら思った。むしろそれがノイシュの狙いのような気がしてならない。
なんで今日ヨハンを呼んだのかの詳細は聞かされてなかったけど、私のことで気まずくて逃げていたヨハンを呼び出し王位継承についての話をするためだろう、という予想はしていた。話があらぬ方向に流れてしまったけど、なんだかんだ丸く収まったんじゃないかと思う。
服、靴、化粧品、と手を動かして詰めていくけど…何泊するかわからないって言われたからどれくらい持って行けばいいかわからないなあ。ああでも、足りなければ向こうでも買えるか。
そう考えたらバッグの中にすっきりと収まった。宿に泊まるだろうし、そこまで悩まなくてもなんとかなるでしょう。
そして取り出したのは…例の手帳。さらにはなぜかあのとき持っていたバッグ。中身はしまうのを忘れていたから小刀とかが入ったままだった。それにしても、なんでこの中身だったのか、と首を捻った。
小刀、手鏡、メモ、マッチ、双眼鏡、時計……
まるで遭難グッズみたいだ。食べ物が入っていなかったことを除けば。
私は鏡で自分の顔を見て、時計で当時の時刻を確認して、メモで自分の名前を知った。あのときは夜だったけど、もし明るかったら双眼鏡が使えたかもしれない。寒いし暗いしでマッチで火を点けようと思ったけど危なくて着火剤を探せなかったから結局はマッチも使わなかった。
ていうか、ヘイト村って16歳の少女が歩いて行ける距離なの?
ドラゴンに運んでもらったから城との距離がわからなかったけど、あそこは全く人気がなかった。星の光だけで明るかったような気がするし、実は結構離れているのかもしれない。
しばらくもやもやと考えてみたけど何も思い浮かばなくて結局諦めた。私の推理力ではこの問題は解けないみたい。
もし食料があったら逃げてきた、とかが考えられたんだけど、無いから生きたかったのか死にたかったのかよくわからなかった。
……ん?
「死にたかった……?」
もし死にたかったのなら、と考えてみる。
マッチで放火し焼死、小刀で出血性ショック死、疲労と空腹で餓死、さらには凍死。あとは獣もいた。
………ディアンヌは自殺したかった。
その考えにいたり、ないない、と目の前で手を振る。流石にそれは考え過ぎだろう。マリアがこの体に宿ると信じて疑わなかったようなメモと手帳があるんだから、と今考えた仮説を慌てて否定した。餓死以外は外傷を負うから適切じゃない。
まあ、私がこの体に宿るタイミングをなぜか知っていたディアンヌがサバイバルグッズを持って城から抜け出し、人気のないところに赴いてその時が来るのを待った、といったところが妥当だろう。
うんうん、なかなか的を射ているんじゃないだろうか。
明日は早いしもう寝よう、と思ってベッドに潜り込んでからしばらくするといつの間にか眠りについていた。