発つ者記憶に残らず【完】


*


そして迎えた出発の時間。ここに来た日以来の城の外の空気を吸い、まだ暗い空を見上げていると1頭のドラゴンが目の前に降り立った。


「レイドより仰せつかりました、ノゥと申します」


その灰色の中級ドラゴンは言葉遣いも動作も礼儀正しかった。長い首を丸めてペコリと頭を下げたから大きな顔が目の前まで下りてきて思わずその場から下がったけど。

私たちは早速ノゥが持っていた大きな箱に乗った。その箱は馬車そのもので、それをしっかりと両手で掴んだノゥは地面からそのまま助走も無しに浮かび上がり、安全運転で空を切っていく。

私たち3人はその揺れを感じつつまだ眠い目を擦っていた。


「このまま寝そう…」


そう言って欠伸をするとトーレンにも移り彼はバツの悪い顔をした。


「すみません……」

「どれぐらいで着くの?」

「ノゥ次第だ」


私はトーレンをわざと無視してノイシュに問いかけたけど、なんじゃそりゃ、と口を尖らせた。でも、確かにドラゴンによって飛ぶスピードも違うしルートも違うはずで、目安をつけるのさえ難しそうだ。

外はまだ暗いし、揺れるし眠いしでコクコクと次第に頭を傾ける。私の真向かいがノイシュで、その隣にトーレンが座り、私の隣には荷物が積んでありそれでバランスを取っていて、私がガクッと傾けた体を戻すとこの箱も僅かに揺れた。

私のせいで転覆したらごめんなさい……


「ああもう、眠い…」


今はまだ朝の5時。その前に起きて支度してご飯を食べて出て来たからまだ眠気が覚めていなかったのだ。なんとかトーレンが来る前に起きれたけど、何のためにこんな朝早くに起きたんだっけ、と思って二度寝するところだったから危なかった。

ベルダム地区に行って、トーレンは育成場の相談をして、ノイシュは笛を直してもらって、私はレイドに会うという大事なことを一瞬でも忘れていたことが恥ずかしい。

彼に会うこと。

それが私の指標なんだ。


「ベルダム地区ってどんなところ?大きい?」


眠気覚ましに質問をしてみた。


「そうですね、保護区の森林や山を含むとかなりの大きさになります。人が生活しているのはその10分の1もありません。しかも暮らしているのは保護区の役員と調教師長しかいません」

「調教師長?」


調教師と何が違うんだろう、と聞き慣れない言葉に首を傾げた。するとノイシュが説明してくれた。


「ドラゴンの王に認められた調教師のことだ。保護区にはその王がいるそうだが調教師長しか会うことが許されていない。調教師長は王の言葉を人に伝える役目があり、まだ1人しか存在していない」

「ドラゴンの王?ドラゴンにも王様がいるんだね」

「ああ。俺も会ってみたい」


俺"も"と言われてハッとし私は顔を赤らめた。私も会ってみたいと思っていたのがだだ漏れだったらしく、トーレンにもクスッと笑われていたたまれなくなった。

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