発つ者記憶に残らず【完】
私はその中でも鱗に興味があった。
「気になるのか?」
「え、あ……ノイシュ、思ったんだけど鱗文字のこと、ハサルに聞いてみたらどうかな」
棚に並ぶ鱗が入ったたくさんのシャーレを眺めながらすぐ背後に寄ってきたノイシュにそう言ってみた。私の言葉を聞いた彼はシャーレの1つを取り、お湯を沸かしているハサルにそれを見せつけながら声をかけた。
「ハサル。調教師長のあなたに問いたい」
「はい。聞きましょう」
その改まった表情にハサルは火を止めると、腰に手を当てて私たちに体を向けた。左目は私たちを捉えて離さず、その視線にだんだんと自分が緊張してくるのがわかった。
「ドラゴンの鱗には何か文字がその表面を流れるようにして存在していますよね」
全然問いかけになってないじゃん、とちらっとノイシュを見上げた。彼はハサルの目をじっと見て視線を離さない。
「しかもその文字は変化し周回してまた元の字に戻る…俺はその文字がドラゴンの魔法と何か関係があり、笛の能力にも関係があると読んでいますが、違いますか?」
「………はあ」
ハサルはしばらくの沈黙の後、観念したかのような大きなため息をついて額に指を当てて顔を下に向けた。そして再び上げると、ノイシュに近づきそのシャーレを受け取って元の位置に戻した。
「確かにそうです。鱗には文字が血液のように流れ循環し、やがては空気中に消えていきます。そのため、笛はドロドロに変形させた後に成型させるわけですから、嫌気条件の部分にちょうど閉じ込められた文字がその効力を発揮し、使用することによって息と共に文字に宿っていた魔力が空気中に逃げて行きます。笛に使用の上限があるのはそのためです」
「では、1度砕けた笛を元に成型した場合、まだ使用することは可能か?」
ノイシュはその言葉と共に、私に預けていた巾着袋を渡すように手を差し出してきたため、肩がけバッグから取り出して渡してあげた。
巾着袋を開けて手のひらに広げた笛の欠片の1つ。それを見てハサルは残念そうに目尻を下げた。
「どうでしょう…かなり粉々になっているようですね。効力が残るかどうかはもう運次第です。ゼウとヨハン様のことを思うととても残念ですが」
「ダメ元でお願いしたい。どうかこの欠片を今一度元の形に戻してやってくれ」
「はい、もちろんです。3時間程私は奥に篭もりますので、それまで自由にしていてください」
と、決して覗いてはいけませんよ、とは言わずに閉められていた奥にある部屋に彼は消えて行った。私はノイシュを見上げ声をかける。
「もしかして、笛って全部彼が作ってるの?」
「今はな。以前はハサルの父親も作っていたんだが、亡くなってからはあの人のみだ。さて、俺たちも動こう」
「え?」
よくわからなくて声が裏返った。そんな私の頭にノイシュは手を置き低い声でこう言った。
「噂の真相を暴くのも目的の1つだ」