発つ者記憶に残らず【完】
ノイシュの後を追うと、向かっている先が森だとわかり首を傾げる。確かこの森はかなりの大きさがあり迷子必須だと聞いた。
「ノイシュー?」
それでもずんずんと奥に入って行くノイシュの背中に声をかけても無視され、1度森の手前で立ち止まったけど遠くなっていく背中が小さくなっていき慌てて追いかけた。木は頭上高くまで伸びて薄暗く、高さはドラゴンよりもあるんじゃないかと思う。
ガサガサと音を立てて進み、だんだん腰の高さの草ばかりになってバッグを草の上まで持ち上げて慎重に進んだ。そしてその草むらを抜けた先にあるぽっかりとあいた空間にノイシュの後ろ姿が見えた。
さらに、青いドラゴンの姿もあり、私は近づいていいのかわからなくて木の影に隠れたけど、振り向いたノイシュが来るように腕を伸ばしてきたから恐る恐る草むらから出た。
「俺はノイシュ。ヒアというドラゴンをご存知ないか」
「おお、あやつか。もちろんだとも。我ら同胞の間でも有名である」
私を紹介する気はないのか、ノイシュは私を隣に立たせたけどそのままそのドラゴンと親しげに話を続けた。
「そのヒアを巣立たせたのが俺だよ」
ノイシュが胸ポケットから笛を取り出すと、ドラゴンはしげしげとそれを眺めて確かに、と頷いた。どうやら嘘ではないことを確認したみたいだ。
「して、我に何の用か」
「ここの人間はおまえたちに良くしているか、と問いたい」
「ほう、なぜか?」
「ここの人間たちが迷えるドラゴンの子を私利私欲のために狙っていると聞いた。その真相を確かめたい」
「ふむ、それは真ではない」
私たちはその答えにホッとして顔を見合わせた。
「しかし、昔の話である」
「えっ」
安堵するにはまだ早かった。今はしていない、と言われて私は声を漏らしノイシュの顔色も曇っていく。
「それはハサルがここに来る前の話。今は解決済みであろう。人間は過ちを犯すが、正すこともできよう」
「………そうだな。世話になった」
「我からも1つ問いたい。おまえはヒアの何だ」
くるりと踵を返した私たちをじっと見つめていたドラゴンは急にそんなことを聞いてきた。振り返った彼は微笑みながら短く答えた。
「友だ」
「友、か。そうか。あやつも幸せ者だろうよ」
「ああ、俺もそう願う」
そして無事に来た道を戻ることができ、森から抜けると呆れたように佇むトーレンが出入口で待っていた。
「気は済みましたか?」
「ああ」
………え、それだけ?
軽く頷くノイシュとやれやれとその後ろをついていくトーレンを交互に見上げた。彼らはそのやり取りだけで十分なのか、ハサルのいる家に向かっていく。
蚊帳の外にいるような気分だったけど、出入口に警備の人が立っていて目が合うと会釈をされた。よく考えたら、もしかしたらトーレンが噂の真相を探るためにすでに森に入る許可を取っていたのかもしれない。
それに時計を見たら入ってからちょうど10分経っていた。トーレンも待ってたし制限時間が設けられていて、だからせかせか歩いてたのかな、とも思った。
やっぱりこの2人仲がいいなあ、と顔をにやにやとさせながらその後ろについていった。