発つ者記憶に残らず【完】


*


ちょっとした博物館のようなレンガ造りの家の中を眺めていると時間が経っていたのか奥の部屋からハサルが現れた。


「辛うじて、1回です」


彼の言葉の意味がわかり私たちはよかったよかったとまるで難しい手術が成功したかのように頷きあった。ゼウに少なくともあと1回はヨハンは会えるのだ。いい土産ができた、とノイシュも満足げだった。

それからはノイシュとハサルが久しぶりに会ったということもあり談笑を始めた。ハサルはドラゴンの王…竜王の意向によりベルダム地区に留まることになったこと、ヒアが巣立ったと知って喜んだこと、昔いた育成場に息子が在籍することになり驚いたことなどを話した。ノイシュも王のことやヒアのこと、兄妹のことを話し、一区切りついたときには最初は昼だったのにもう夜になっていた。

ハサルがここに泊まっていいと言うので3人とも2階と3階にある別々の客室に泊まることにした。以前は調教師がルームシェアしていたそうだけど、今は使っていないという。事前に掃除してくれていたようで部屋は埃っぽくなかった。


「少し、いいでしょうか」


夕食をご馳走になりお風呂も借りてさて寝よう、としていたときにドアがノックされ開くとハサルが立っていた。背の高い彼を見上げると、天井のランプの逆光で顔が暗く見える。

今まで彼と話していなかったのに急に訪ねられてビックリした。


「下に行きましょう」


よくわからないまま3階から1階に降りた。ハサルはコーヒーを淹れようとしたけど時間のことを思い出しホットミルクをわざわざ作ってくれた。その間は無言で、私はダイニングテーブルの席について緊張気味に彼のそんな背中を眺めていた。

私の前にミルクのカップを置くと、自身は私の正面に座り湯気の立つカップを目の前に同じように置いた。ミルクの独特な香りが辺りに立ち込める。


「お休みになろうとしていたところ申し訳ありません。ですが、彼がどうしても、と仰られるので」

「彼?」

「竜王です」


まさかの言葉に眉をひそめてしまった。ハサルはおもむろに眼帯を解き始め、その隠していた右目を露わにした。その右目を見て私は瞬きを何度もし、じっと見つめてしまった。

その目は細い瞳孔と様々な色素を散りばめたような虹彩を持ち、まるで爬虫類の…強いて言えばドラゴンのような目をしていた。何色とも名付けられない神秘的な色に惹き込まれていると、その目が瞬きをしたことによりハッとして我に返った。


「その目は……」


私が問いかけるとハサルは右目を隠していた眼帯を今度は左目にサッとつけ、そして口角を僅かに上げた。その顔はハサルなのにハサルには見えず、全くの別人に見えた。


「あいつには退室してもらった。邪魔だからな」

「あなたが竜王、ですか……?」

「俺?」


問いかけに返したその言い方と表情を見た瞬間、私はデジャヴを覚え、まさか、と思わず聞いてしまった。


「ゴードン…?」

「ご名答。俺はゴードンだ、マリア」


さらっと爽やかに言われた言葉。

……………え。

なんですと?

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