発つ者記憶に残らず【完】
「待って、理解できない。なんであんたが竜王呼ばわりされてるわけ?」
いきなり低い声に変わった私を煩わしそうに見てから彼はホットミルクを1口飲むと、猫舌なのかいっちょ前に顔をしかめた。
そういう人間ぽいところを見てしまいなんだかもやもやとしてしまった。悪魔の堕天使風情がそんな顔しないでよ。
「そうカッカするな。2階のやつらに勘付かれる」
「いやだから、なんであんたがここにいるのかって聞いてんでしょ。私たちの転生数に偽装があったからゴードンも同じ罰を受けることになった、って聞いたんだけど?」
「だから同じ罪を受けているんじゃないか。竜王は精神体であり、この世界の守護者。つまり、生も死もない存在だ。そんなやつに配偶者云々はもはや意味もない」
「それに!…ハサルの右目は昔から眼帯をつけてたみたいだし、もしその頃から竜王がいたとすると時間軸がめちゃくちゃよ!」
と、またあのときみたいにテーブルを叩きそうになって作った拳をぐっと引っ込めた。確かにここでうるさくしてたら2階にも響く。表に出な、的な感じで本当は外で話したいけど、外も外で寒いし静かだし警備の人もいるから私たちがいると騒ぎになってしまう。
努めて声を小さく低くし、静かに怒鳴ってみたんだけど、彼に通用しないことぐらい、いい加減わかりきっている。
「時間軸?そんなの関係ないだろ。これまでだっておまえがいた世界も含め様々な世界の記録の改ざんは何度も行われてきたんだから」
「………」
その言葉に何も言えず押し黙る。以前からイメージしていた映画のフィルム……あれはあながち間違いでもないのかもしれない。
「本来のDNAに別のDNAを組み込みそれっぽく修復する…そんなところだ。組み込まれた世界は前後で似て異なる世界になり、記録を書き換えたため人や物の記憶も置き換わる。俺は今までやってきたことを今度は自分の身に受けることになったがな」
「じゃあ待って。ゴードンとマリアがここに来たのは同時期?」
「そうだ」
私はあっさりと肯定されて呆気にとられた。それじゃあこの世界は、ディアンヌがいた頃の世界と全く違う世界になっているということだ。
私がレイドに会う前、ゴードンが竜王になる前とはもうすでに違う世界となってしまったノイシュたちの記録、記憶……
じゃあ、もしかして…
「薄々思ってたんだけど、ノイシュたちはディアンヌとの記憶が曖昧っていうか、薄っぺらいっていうか、あんまり話してくれなかったのもそのせい?」
ノイシュはあまり話してくれないし、ヨハンはなんか怪談みたくなってた。元々経験していた記憶が置き換わって、やったことをやってなかった、やってないことをやった、と勘違いしてしまっている可能性がある。
「だろうな。だが、マリアがディアンヌの体に入ったことによってバグのようなものが生じた」
「バグ?」
「それ以外は書き換わったにも関わらず、より強い記憶や印象はなぜか記憶に残り辻褄が合わず夢の中の出来事だったように感じることだ。あるいは錯覚しているだけで実際は体験していないことも体験済みとして認識しているかもしれない」
「もう、ホント、めちゃくちゃだね…」
私はそれを聞いて頭を抱えるしかなかった。