発つ者記憶に残らず【完】


「そのめちゃくちゃになるのをディアンヌ…メリアは危惧していた」

「メリア?」

「おまえがディアンヌと呼ぶあいつのことだ」


メリアとマリア、か。言い分けるための呼称だとはいえ、名前があるとなんだか安心できた。私たちがディアンヌなんだから、いつまでもディアンヌのままでは可哀想だと思っていたのだ。


「実際は転生とは異なるが、メリアがいなくなった世界はその後も進み続ける。メリアの場合、必ず不幸が訪れていた」

「不幸って?」

「例えば津田沼慎二。メリアの世界では高校の卒業式の日に告白したが、その日の夜に自殺した」

「……はっ?」


もう訳がわからなかった。


「部活を引退した津田沼はやる気をなくし不登校になっていった。メリアは特に何もしていなかったが、彼は心の何処かで恋心を持っていたのだろう。津田沼から"告白"という行為と松村菜々子という糧が共に消えてしまい、それまで満たしていた心に穴が生じその例えようのない喪失感で自殺した」

「じゃ、じゃあ私の場合は……?」

「時間の許す限り確認したが、最後まで確認することができなかった、と言えばわかるか?」


つまり、自殺をすることなく無事に生きていたということだ。


「はー……よかった」


目元に手を当て背もたれによりかかり天を仰いだ。いつの間にか力んでいた肩が安堵で軽くなるのを感じた。


「メリアがおまえにどう説明したか知らないが、マリアはメリアを元に造った魂だ。それを試用するにあたり協力したため俺も罰を受けた。俺たち監視官ではどうすることもできず、そうやって壊れていく世界のアフターケアをするマリアを作ることで、メリアが引き起こしたバッドエンドを回避させていた」


メリアがウイルス、マリアがワクチン。ワクチンはウイルスから得た抗体を利用して作られる。

その後起こり得る最悪の事象を食い止めるために造られたマリアという存在。コピーとは違うけど、効果は絶大だった。

同じでもなく、かと言ってパラレルワールドとも言い難い私がこれまでいた世界とメリアがいた世界………と、難しい問題についてもっと掘り下げようとしたとき、より根本的なところを知らないことを思い出した。


「待って、ちょっと待って。ねえ、メリアは私に自分が罪を犯したから罰を受けているって言ってきた。その罪って何?」

「それは……」


ガタン。

突然響いた音にハッとして2人で階段がある方向に顔を向けるとトーレンが立っていた。トーレンの腰が棚に当たりそこに乗っていたいろいろな物の中から何かがその揺れで音をたてたみたいだった。

私は神妙な面持ちをするトーレンの顔を見て、聞かれた!と思いこの世の絶望を垣間見た気がした。

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