発つ者記憶に残らず【完】
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「…ん?あれ、ここは…」
ハッと気づくと私はどこか知らない暗い森の中で倒れていた。腕をついて辺りをきょろきょろと見回しても背の低い植物と茶色い大木が林立していることしかわからない。とりあえず立ち上がり服についた土や草をパッパッと手で払った。
…服?
「なんで…?」
今回の転生はおかしいことに気づき表情を曇らせて呟いた。
私は今、野生のヤギがいそうな標高の高い地域に住んでいるような分厚い洋服を着ていて、ポンチョも羽織っている。落ちていた肩掛けバッグを見つけて恐る恐る拾い中を確認すると何かのメモが出てきた。あとは物騒な小刀とマッチ、双眼鏡、時計、手鏡…
気になってメモを開き暗闇の中で星の光に照らした。書かれていた文字は知らないのになぜか読むことができた。
「ゴードンへ。マリアをあなたに託します。ディアンヌより…」
横文字の知らない名前ばかりでちんぷんかんぷんだったし短すぎてよくわからないけど、遠くで獣の遠吠えが聞こえて私は恐怖に身を縮めた。バッグから時計を取り出すと時刻は9時になりそうな時間。夜行性の動物はすでにお腹をすかせてさ迷っていることだろう。
さっきの獣の遠吠えも気になるし、いつまでもここにいるわけにもいかなくて私はバッグをかけ直し解けていたブーツの靴紐を結び直してとりあえず歩くことにした。ザクザクと枯れ葉を踏む音と自分の息だけが静かな森に響く。
それにしてもおかしい。記憶が消えていないし、鏡で確認したけどもうすでに少女で15か16歳かそこらへんだと思う。赤い髪に茶色の目で髪は肩ぐらいまでの長さ。普通なら記憶はなくて0歳からスタートするはずだった。
はあはあ、と息を吐きながら進むと時間が経ち気温がさらに低くなったのか鼻と耳が痛くなってきた。歩いていなければ寒くて凍え死にそうで、なんでバッグに食糧が入っていなかったのかと恨めしく思う。
寒さからくる痛みに顔をしかめながらさらに歩いていると、ガサッと近くの茂みから音がして、ひいっと左横に飛びのいた。でも何も起こらなくて私に驚いた動物か何かが逃げて行ったのかもしれない、とドキドキとうるさく動く心臓を手で押さえながらまた進もうとした。でも真っ暗で足元が見えなくなっていてこれ以上歩くのは危険だと思いそこで立ち止まる。確かにマッチを持っていて火をつけられないこともないけど、めぼしい着火剤を見つけられるとも限らないためしばらく思案する。
マッチをつけて山火事にでもなったらたいへんだし、でもここに留まってもし獣に襲われたらひとたまりもない。騒いだところで体力を奪われるだけだし、近くには誰もいない可能性だってある。
とりあえず疲れたしどこかに座ろうと思って足を踏み出したとき、ぶおっと頭上を大きな風が走り抜けて頭を抱えて思わずしゃがみこんだ。あまりにもその風が強くて体が吹き飛ばされそうになった。ポンチョが飛ばされないように必死に掴む。