発つ者記憶に残らず【完】
「さらに、この世界は保護の対象となった。興味深い世界に"突然変異"したことが認められ、今後、この世界では記録の書き換えや組み換えは起こらないことが決まった」
「え、それって良いこと?」
「もし保護されないのであれば、魔法の戦争が絶えない元の世界に戻るだけだ。おまえに言わせれば、メリアによる記録の組み換えはリセットされ、ディアンヌは存在しなくなり、ノイシュは人を殺し嫉妬心が無くともトーレンに殺され、サイコパスなヨハンが王になるだけだ」
「………それは、嫌だね」
本来そうなるはずだったんだろうけど、そんな未来を想像したら今のままがいい、と思えた。絶対、今の方が平和だ。
「さらに、ディアンヌとレイドがいなければこの世界は成り立たないため、俺たちも保護対象となった」
「つまり、私たちはまだここにいていいの?」
「そうだ」
なんだ、そっか、そうなんだ……
完全に脱力し、レイドから離れて地面にへたりこんだ。力が抜けてホッと息をつく。心の何処かでここには長くいられない気がしていたから実はずっとそのことが気になっていたのだ。
「レイドのことが手帳に書かれていなかったのはメリアが知らなかっただけなんだね……」
「一度も会っていないからな。さて、そろそろ時間だ」
「時間?」
「"ちょん切られたフィルム"が元に戻された」
レイドがそう言うと、急に冷気を感じて私はガタガタと全身を震わせて膝を立てて折り曲げ体育会座りをして縮こまった。
「さっむ!こんな寒かったっけ?」
「これまで眠っていた感覚が目覚めたんだろう」
「眠っていた?」
「"生きる"という感覚だ。これから必要になる」
レイドは初めて顔に微笑を浮かべながら私に右手を差し出した。私も差し出してグイッと引っ張ってもらい、2人で空を見上げる。
満点の明るい星空、肌に感じる冷たい風、自然の香り……
初めてこの世界に来てからこれまで特に感じていなかった些細なことに心を躍らせ目を見開いて全身で感じていると、急にお腹から"ぎゅるぎゅるぎゅる"と音が鳴った。
「親父に何か作らせる」
「あ、うん!」
急にレイドに戻った彼はぶっきらぼうにそう言うとスタスタと歩きドアを開けて家の中に入って行った。私も後を追おうとしてふと思い出し振り返る。黒いドラゴンの足元を見つめたけどやはり見つからなかった。
地面に置いたはずのあのディアンヌの本が、忽然と無くなっていたのだ。
それにしても、とメリアのことを考えると、彼女も被害者だったのかもしれない、と思って少し胸が痛んだ。確かに自分勝手な罪ではあったけど、行く先々の世界で両想いになれず不幸にさせてしまうなんて考えられない話だ。
それほど相手が自分のことを想っていてくれたのかと思うとやるせなさを感じるし、ごめんだけじゃこっちの気も済まない。それをどうにかしたくて私を本心から生み出したのなら、彼女は良かれと思ってやったんだから、最後に欲張っても仕方ないのかもしれない。
津田沼だって自殺しなくなったみたいだし、他の彼らも同じように私たちがいなくなった世界でも幸せを掴めていたのなら、正直嬉しい。