発つ者記憶に残らず【完】
「私のせいで、まだ生きられた、はずの、メリアが、死んじゃ、った…!!」
そしてまた私が泣き出すと、ノイシュは私の顔をその胸に押し付けた。その泣き顔のせいで彼の服が濃く濡れていく。
ずっと黙って私の拙い話を聞いていた彼はついに静かに口を開いた。
「………確かに俺は、メリアのディアナも好きだった」
「っ!」
その言葉に打ちひしがれると"だが"と言葉には続きがまだあった。
「だが、マリアのディアナも好きだ。愛らしいおまえが愛おしい。最初はただの扱いづらい得体の知れない妹で、メリアの飾らない孤高の立ち居振る舞いに羨望を抱いたこともあるが、おまえはこうして腕の中に閉じ込めておける。それに……以前の俺だったら、恐らくこんなことは、しない」
"こんなこと"と言って、私の額にキスをした。ビックリした私の嗚咽が一瞬にして止まった。目を丸くさせて腕の中で固まる私が面白いのか、ノイシュは口角をにやりと満足そうに上げていたけど、その笑みは自嘲気味になっていった。
「小さいおまえを護りたいと思う俺も酷いやつなのかもしれないな。メリアよりもマリアの方がいいと、命をそんな理由で選んでしまうのは」
「そんなことないっ!ノイシュは悪くない。ノイシュの記憶はめちゃくちゃになってるんだから、ごく最近のことに肩入れするのは仕方ないよ…!」
「記憶はめちゃくちゃでも、"感じる心"は一緒だろ」
その言葉の意味がわからず首を傾げると、ノイシュはぎゅっとさらに私を抱き寄せた。
「別の世界にいる俺は俺だし、ここにいる俺も俺だ。そうだろう?現に、前回の世界では2人とも同じ男に好かれたんだ、つまりはそういうことだろ」
同じ人が同じ人に惹き寄せられる、ということだろうか。
「俺はおまえが好きだよ、ディアナ」
ディアナ。
マリアでもメリアでもなく、彼はディアンヌが好きだと言った。どちらかを選ばず、どちらをも選んだ彼は困惑する私を抱き抱えたまま軽々しく立ち上がり、レンガの家に帰っていく。
「……私も」
私が彼の首に抱きつき耳元で言葉を発すると、ピタリとその歩みが止まった。
"ノイシュの全部が好き"。
今まで誰かに向けて言ったことのないその言葉を言うのは恥ずかしかったけど、それと同時に胸が晴れ晴れとした。
「そうか、それなら…」
ストンと、いつかの日みたいに地面に落とすと、背中を丸めて私の左耳に唇を寄せた彼は甘く優しく囁いた。
"一緒に、この世界でこれからも生きられる"。
私は彼の言葉に止まりかけていた涙を再び流した。
「違うか?」
その問いに私は唇を引き結んでなんとか笑ってみせ、"うん!"と力強く頷いた。
【完】