ハイド・アンド・シーク
彼が飲み終えたコーヒーカップを、私は「洗います」と手を出した。
私もちょうど缶コーヒーは飲み終えたところだ。
もう、私と彼のこの時間もお開きのようだ。
差し出された私の手をしばらく眺めていた彼は、申し訳なさそうに「ありがとう」とカップを乗せてくれた。
一瞬触れただけの手が、ドキドキした。
私がカップを洗っている隙に、彼はやかんを片付けてくれた。
やかんは上の棚に仕舞うのだが、少し上を向いた彼の横顔をチラリと見てみる。
─────かっこいい、な。
不謹慎なことを思ってしまい、その想いを打ち消すようにカップの泡を流していた水道の栓をキュッときつくしめた。
「あ、そうだ。さっきの話なんだけど」
「え?」
不意に彼が私を見つめてきたので、ドキドキが一気に増した。
ぼんやり横顔を眺めていたので、慌てて目をそらす。
「仕事の効率が悪いってやつ。一日のうちにやるべき事と、一週間でやるべき事、月間でやるべき事、年間でやるべき事、四つのサイクルで紙に書き出してみると、客観的に仕事内容の整理が出来て頭の中で流れを組み立てられるよ。それと…………あ、ごめん。余計なお世話かな?」
これはアドバイスなんだとすぐに分かって、私は食い気味に首を横に何度もブンブン振った。
「よっ、余計なお世話なんかじゃないです!」
「よかった。それとね、書き込む欄が大きめの卓上カレンダーを用意して、そこに任された仕事の締切とか納期を書いておくと格段にやりやすくなるよ。お世話になった先輩に教えてもらったやり方。参考になるか分からないけど、俺はいまだにカレンダーがないと仕事が出来ないよ」
あははと笑う彼は、まるで年数を重ねた自分もまだまだ仕事が出来ないんだよって言ってくれているような感じだった。私を少しでも元気づけようとしているのは伝わってきた。
言葉の選び方が、普通の人よりも柔らかい。
私は即座にうなずいた。
「今日の帰りに卓上カレンダー買ってきます!家でやるべき事、まとめてきます!」
「うん、その調子。頑張ってね」
自分の本来の力以上に頑張れそうな気がした。
彼の「頑張って」は強い威力がありそう。