ハイド・アンド・シーク
そこから延々二時間近く説得され、結局異動することを承諾し、あれから二ヶ月。「もう来週からは新天地か」と正直言うととても気が重かった。
事業開発室と営業課とはオフィスを構えるフロアも違っていたので、残業の気分転換にこれからお世話になる営業課のフロアの自販機に散歩がてら行ってみようと、ただそれだけの思いつき。
それなのに、目当てのコーヒーがなくてガッカリしていたのだ。
だから、彼女が「給湯室でコーヒーを淹れますよ」と声をかけてくれたのには驚いた。
この子、めちゃくちゃいい子だな、と。
彼女が開いたメモ帳にはびっしりと、おそらく先輩や上司に教えられたことが書かれていて、かなり真面目な性格は見てとれたけど、ものすごく自分に自信のない、自己肯定感が低い人だった。
それでいて、クセなのか話す時に目が合うとさっとそらす。
かと思えば幸せそうな笑顔を浮かべたり、なんとなく頬を赤く染めたり。
見ていて飽きないな、と面白くなった。
もう少し彼女と話していたかったけど、あまり長く持ち場を離れるのもまずかったので、急いで開発室に帰ることにした。
またね、と言い残して廊下を進みながら、名前くらい聞けばよかったと思い、いま戻ればまだいると慌てて給湯室に舞い戻った。
「営業課企画部の、森村菜緒です」
と聞いて、異動先に彼女がいるというのが分かって、内心けっこうテンションが上がった。
男って、そんなもんだと思う。たいていは。