ハイド・アンド・シーク
そんなある日、あまり見ない顔が企画部にやって来たので驚いた。
経営広報部の松村だ。
同期で、たまに時間が合えば飲みに行く仲。話しやすくて頭の切れる男だから、なかなか刺激になる。
彼は迷うことなく俺のデスクに来て、そして「ちょっといい?」と手招きした。
廊下に出て、休憩スペースが空いていたのでそこへ座る。
松村は自販機で微糖のコーヒーを二本買ってきた。
はい、と渡されて、まぁいいやとプルタブを開ける。
甘いのは苦手だけど、買ってきてもらったものに文句をつけるほど性格は歪んでいない。
「何かあったの?」
広報部が営業課へ足を運ぶことはあっても、松村が来ることはあまりないので、なんだろうと何の気なしに聞いた。
彼はげんなりした顔で、俺をわざとらしく睨む。
「有沢のところの田中さん、もう手に負えないよ」
「……田中さん?」
「リリース原稿の担当、毎月やってもらってるけどさ。態度が悪すぎてちょっと……。他の二人からも仕事しづらいって声があって、できれば担当を変えてほしい」
田中さんは、気持ちが顔に表れやすい人だというのは認識していた。入社して何年目か分からないが、ベテランというまででもない年数だったはず。
俺が企画部に来た時にはすでに彼女が広報部のリリース原稿担当になっていた。
「態度を改めさせてもダメ?」
「俺はいいけど、たぶん他の二人は無理ってところまで来てる」
「ちなみに態度が悪すぎるというのは具体的には」
「言っていいの?引くよ?」
そんなに目を剥いてすごまれても、と俺は松村に苦笑いを返した。
よっぽどだというのは分かったので、これ以上は聞かないことにした。
「担当を変えるにしても、リリース原稿ってけっこう大変だよね?どんな人が適任?」
毎月、田中さんがイライラしている時期があって、それはまさにリリース原稿の締切あたりだ。彼女のストレスになっているのも間違いない。
松村いわく外部に向けた原稿だから、赤入れはかなり厳しいらしいのだ。
「文章力に長けていて、素直に広報部の話を聞いてくれて、怒りの感情を顔に出さない人。あ、それから忍耐強いってのもつけ加えておく」
松村の言葉に、不謹慎ながら吹き出してしまった。
「……つまり田中さんと真逆の人ね」
相当酷かったんだな。